5 そして月は巡り
試合後の反省会では、私達二人揃ってタップリ1時間も絞られました。
「エステル君。君はちょっと危なくなると、すぐ前のめりになる癖を直した方がいい」
「はぁ」
私としては、全くそんなつもりはないのですが。
そう抗議すれば、これまでの試合のアレコレを
「ユーディット君。君はちょっと慎重になりすぎだね」
「うーん。そんなことないと思うけどなぁ」
「いいや。君がレイピアを使って普通に戦ってたら、あんな無茶なやり口で、つけ入れられるような隙は無かったはずだよ」
ユーディットのレイピアの腕前はかなりのモノらしく、彼女の本来の戦い方は、魔法で牽制しながら、レイピアで接近戦を挑むスタイルなんだそうです。
どうやら私の実力を全く知らない為に、慎重になり過ぎてたようですね。
その後もレイン先生の指導は続き、終わった頃には二人ともグッタリとなっていました。
「そういえば、ユーディットはどこのクラスなんですか?」
解散して自室に戻る前にふと気になり、そう尋ねました。
「ふふーん、エステルはどこだと思う?」
昨日見た限りAクラスにはいませんでしたし、記憶が正しければSクラスにもユーディットは居なかったと思います。
......ではBクラスでしょうか?でも実力的にはもっと上のように思えます。
「残念。正解はGクラスだよ」
「ええっ!?」
まさか彼女の実力でGクラスだなんて。
いえですが、そもそも私もつい昨日までGクラスでしたが、彼女の存在は記憶に全くありません。
彼女くらい濃いキャラを持つ人ならば、まず見逃すはずありませんし。
「理由は簡単さ。ボクがここに編入したのは今日だからだよ」
「......編入ですか?この学園にそんな制度があったなんて初めて聞きました」
「ああ、僕が学園長にお願いしたから。特例処置って奴だね」
レイン先生が何でもない顔でそう補足しますが、あの堅物で有名な学園長にお願いできるなんて、どんなコネを持っているのでしょうか。
相変わらず良く分からない人です。
「まあGクラスにいるのは、ほんの数日の間だけだよ。ボクは昇格戦ですぐに上に行く。エステルより上にね」
どうやら既にSクラス4位の方に、昇格戦の申し込みをしているようです。
そう語るユーディットの表情からは余裕が伺えました。
勝つ自信があるのでしょう。
確かに彼女の実力ならば十分やれそうですね。
◆◆◆
それから数日後、編入してから初めてとなるユーディットの試合がありました。
「誰だよあれ?あれでGクラス?」
「なんでも最近この学園に来たばっかの編入生らしいぞ」
「まじか。それでいきなりSクラス入りとかすげーな!」
結果は、予感した通りユーディットの勝利に終わりました。
試合内容も、わずか数十秒での短期決着です。
ユーディットが、試合開始の合図と同時に
そのまま一気に相手へと肉薄したユーディットは、相手が持っていた杖をレイピアで打ち払うと、その勢いのままレイピアを首元に突き付けます。
結局、相手は何も出来ないまま、あっさりと敗北を認めていました。
ユーディットは、今回のようにレイピアをメインにした近接戦闘の方が本領らしく、もし私との試合の時に発揮されていたら、何もさせて貰えずにそのまま負けてしまった可能性もあります。
悔しいですが、地力では今の私より確実に上だということが、嫌でも分かります。
しかし、それよりも個人的に気になったのは、ユーディットの対戦相手の諦めの早さです。
私からすれば、あの状況ならまだ色々と打つ手は有るように思えたのですが、レイン先生曰く、
「ああやって、どちらかの降参で決着が着くのが普通だよ。エステル君みたいにどちらかが死ぬまで戦おうとする方が稀だよ」
......思い返してみれば、進級前の選抜戦の時は私も全て降参負けでした。一度も死亡判定による敗北はありません。
「いくら実際には死なないからって、普通の人は死ぬまで攻撃するのもされるのも嫌なものだよ」
そうですね。確かにおっしゃるとおりです、ですが、
「では何故先生は、何度も何度も死ぬ寸前まで私を虐めるんですか?」
「虐めだなんて人聞きの悪い。あれはあくまで弟子に対する愛情だよ」
修行中に時たま行われるレイン先生との模擬戦では、保護結界があるからと容赦なく攻撃されるので、毎回死亡判定を受ける程、痛い目に遭わされています。
あれが虐めと言わずしてなんというのでしょう!
「あはは。エステルも大変だねぇ」
そうやって笑っていられるのも、今のうちだけですよ、ユーディット。
あなたも、この研究室の一員になったんですから。
◆◆◆
授業に、修行に、試合にと、私たちは忙しい日々を送っていました。
特に今月は、初めての昇格戦が開催されたこともあり、色々と
昇格戦では色々ありましたが、一番の番狂わせは、やはり私がクロード君に勝利したことでしょう。
"落ちこぼれ"と蔑まれていた私が、将来を渇望されるエリートに勝ち星を得る。
まるで英雄譚の序章のような展開ですね。などと他人事のように思ってしまいます。
それ以外にも、ユーディットが編入直後にGクラス最下位からSクラス4位へと一気に昇格した事や、クロード君がGクラス降格後すぐにSクラス10位へと華麗にカムバックを決める等、初めての昇格戦は波乱の連続でした。
そして新しい月は巡り、私も今日からは、Aクラス1位として挑戦される側になります。
"落ちこぼれ"としてずっと底辺で燻っていた時期から、この2ヶ月程で、随分と立場が変わりました。
変わり過ぎて、正直戸惑いを感じないでもないですが、折角前に進んでいるのです。
この勢いで、どんどん上を目指しましょう。
目標は、ドーンとSクラス1位。
そんな大それた目標を掲げる事が出来るくらいに、この2ヶ月で私も自信を付けました。
もう"落ちこぼれ"なんて言わせはしません。
とはいえ世間の認識とは、そうすぐに変わるようなモノではないようで。
どうやら私は偶々上に来たカモだと思われているようで、本来狙われ辛い1位という順位にも関わらず、初日で挑戦枠5枠が全て埋まったようです。
挑戦者リストを見ると、クロード君の取り巻きの人の名前は見当たりませんでした。
多分、枠取り合戦に負けたのでしょう。
彼にはクロード君の仇討ちの機会は、与えられないようです。残念でしたね。
◆
連日、挑戦者たちとの試合に勝利を重ねながらも、私は次は誰に挑戦しようか、と思案していました。
Sランク4位のユーディットとは既に一度戦っているので、どうせなら他の相手と戦いたい。
でも一応、研究室の後輩であるユーディットに順位では負けたくない。
そうなると必然的に相手は、この学年の上位3人に絞られます。
Sランク3位、カーティス・ゴールディング。
正統グランフォール王国、ゴールディング伯爵家、次男。
彼は魔導師の中でも、特に武器による近接戦闘を専門とする、いわゆる"
所属は、シュヴァリエ研究室。"
この研究室はブルーノ教授を筆頭に、所属員全てが"
ちなみに研究室探しの際に、私も所属願いを出しましたが、お断りされました。
Sランク2位、フィル・スペンサー。
正統グランフォール王国、スペンサー子爵家、長男。
彼は、魔法による中後衛を得意とする、オーソドックスなタイプの魔導師です。戦闘スタイル的には、クロード君と近い感じですかね。
所属は、クラウジウス研究室。"
アーサー教授が研究狂いらしく、それに引っ張られてか、研究室自体が魔法理論の研究に重きを置いているようです。
ちなみに研究室探しの際に、私も所属願いを出しましたが、お断りされました。
そしてSランク1位、アーデルハイト・ブラントミュラー。
2年生にして、既に"
彼女は、ここ正統グランフォール王国の東部に位置する、森林地帯を領土に持つナーミア教国出身です。
あの国には、貴族位こそ存在しませんが、彼女はある意味ではそれ以上に高貴な血筋の持ち主と言ってもいいでしょう。
ナーミア教国は、その人口の6割をエルフが占めており、公にこそ否定していますが、事実上のエルフ至上主義国家です。
その国の現教皇の孫にして、純血のエルフ、それが彼女の立ち位置を示す言葉です。
所属は、マクスウェル研究室。クロード君と同じですね。
彼女は、全属性を得手不得手なく操り、しかもどの
ただその戦闘スタイルは少々特殊で、彼女は杖や武器といった魔力媒体を持ちません。
彼女は、全身の何処からでも魔法の発動が可能という非常に特殊なスキルの持ち主で、それを生かせる中近距離での戦闘を最も得意としています。
多芸と言えるだけの様々な魔法を操り、どんな態勢からでも攻撃魔法を放ってくるその姿は正に荒れ狂う災害の如し。
"
このような彼女の特異性は、エルフという種族に拠るものではなく、他のエルフの方々を見るにどうやら彼女だけのようです。
しかし、その実力は間違いなく本物です。
先日も2位のフィル君と3位のカーティス君、2人に挑まれていましたが、それぞれあっさり返り討ちにしていました。
見た限り、まだまだ余裕がありそうな試合内容でした。
そういえば、私は試合を見ていませんが、確かクロード君も選抜戦で彼女と戦って敗れていますね。
ここは一気にアーデルハイトさんを倒す!と行きたい所ですが、さすがに今の私では彼女の試合を見る限り無謀に思えます。
それくらい彼女の戦いぶりは圧倒的でした。
となるとカーティス君か、フィル君のどちらかになりますが......。
そういえば"
ならばここは経験を積むべく、カーティス君に挑むとしましょうか。
◆
そんな風に軽い気持ちで試合を申し込んだその2日後、カーティス君との試合がありました。
「クロードの奴にマグレ勝ちしたからと、調子に乗るなよ!」
カーティス君は差し渡し4mは超えるだろう大型のランスを構えています。
......ローブ服にそれは、正直ちょっと似合っていません。
「別に調子に乗っているわけではありませんが......」
現状を吟味し、より上を目指せる相手を選んでいるだけです。
「"落ちこぼれ"の癖に、不遜にも俺に挑む。それこそ調子に乗っている証拠だ!」
......ああ、そうですか。
議論しても無駄のようです。
ならば後は実力で黙らせるだけ。
いつまでも人が"落ちこぼれ"のままだと、思っていたら足を掬わますよ!
そうしたやり取りを経て、いよいよ試合が始まりました。
「
まずは私が得意の風魔術で先制します。
「ふん、その程度!」
その牽制の一撃は、ランスによって弾かれます。
ですが、それで構わないのです。
魔法戦において、先手を取るということの大事さを教えて差し上げましょう!
「
続けて、先程より魔力を込めた魔法を放ちます。
「くぅっ」
荒れ狂う暴風の槌を、ランスを構えて受け止めますが、その衝撃で1歩、2歩と後退します。
「
立て続けに魔法を発動します。
同属性の魔法は、連続発動することで若干ですが、魔力効率を高めることが出来ます。
その為、下手に巧みを気取って、色々な魔法を使い分けるよりも、得意な魔法一辺倒でごり押しした方がいい場面も意外に多いのです。
なので、魔導師は上級者になる程、特定の属性に特化する傾向にあるそうです。
「ぐぅぅぅっ」
カーティス君が、私の魔法への対応に四苦八苦しています。
現在は、私の優勢です。このまま動かないでくれれば楽なんですが。
しかし、いくら何でもそれは無いでしょう。
何と言っても彼は、この栄えある魔法学園で現在Sクラス3位を誇る実力者です。
順位だけ見れば、以前戦ったクロード君よりも上位なのです。
それ程の実力者が、どんな隠し玉を持っているか知れたものではありません。
私は油断なく攻撃を継続しながらも、次の一手を予想して、その対策を頭の中で練り続けます。
こういうのは、いくら考えても考え足りないものですからね。
さて、どう来ますか!
「参った!降参だ......」
......あれ?
「あの、今なんと......?」
思わず魔法を発動するのを止めて、そう聞き返してしまいます。
......聞き間違えですよね?
「......俺の負けだ。済まなかったな、"落ちこぼれ"と貴様を
最初とは打って変わって殊勝な態度ですが、嘘でしょう!?
「......」
「どうした?この俺に勝ったのだ。もっと誇るがいい」
罠でもなんでも無く、どうやらマジのようです。
あまりの拍子抜けっぷりに、張り詰めていた緊張の糸が一気に解け、思わず膝を地面に着きます。
そのまま、意識が遠くなり、私は気を失いました。
◆◆◆
目覚めると、私はベッドに横たわっていました。
何度目でしょうね、このフレーズ。
今回は起きた時には、意識ははっきりしていました。当然怪我などもなく、試合内容もちゃんと覚えています。
試合を総括すると、開幕に攻撃魔法をお見舞いした後、そのまま魔法の連打で押し切って勝利。
......何の面白みも波乱もない内容です。
"
......今思えば、クロード君やユーディットはもの凄く強かったんですね。
そんなことをしみじみと実感させられる試合でした。
気を取り直して、同じ時間に試合を行っていたはずの、ユーディットの元へと向かいます。
どうやら既に試合は終わっていたらしく、ユーディットが余裕の表情で立っていました。
相手はどなたか分かりませんが、どうやら勝ったみたいですね。
「おいっ」
「ユーディット。私、Sクラス3位になりましたよ。凄いでしょう!」
(無い)胸を張りながらも、私はユーディットの順位を抜いたことを自慢しようとしましたが、
「ふふーん。ボクはSクラス2位になったけど?」
とドヤ顔であっさりと返されてしまいました。
なんとユーディットの試合相手は、Sクラス2位のフィル君だったようです。
......知りませんでした。ユーディットも黙ってないで教えてくれればいいのに。
私が悔しさに内心で地団駄を踏んでいると、すぐ近くクロード君が立っているのを見つけます。
何故か手を伸ばし、口を半開きにしたままで固まっています。
どうしたんでしょうね?
◆
そしてまた、新たな月が巡ります。
この1ヶ月の間、レイン先生の過酷な修行をどうにか乗り越え、試合にも全戦全勝。
実力も自信も付けました。
この勢いに乗って、私はいよいよ現在のSランク1位であるアーデルハイトさんへと挑む決意をしました。
一方で、ユーディットもまた彼女に戦いを挑むようです。
私たちの新たな挑戦が今、始まります。
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