4 赤髪の少女
目覚めると、私はベッドに横たわっていました。
「ここは......?」
身体を起こし、周囲を確認すれば、ここが研究室内に与えられた私の部屋だということが分かります。
......いつここに戻りましたっけ?寝ぼけているせいか、直前の記憶が曖昧です。
「目覚めたかな?」
ぼんやりとしていた私に、横から声が掛かります。
声の方を向けば、すぐ傍にレイン先生が立っていました。
いつの間に入ってきたのでしょう。つい先程まで居なかったと思うのですが。
「あー、はい。先生が運んでくれたんですか?」
「そうだよ。......全く無茶をして」
言われてハッとします。
確か、私はクロード君と戦っていて、それで......。
試合はどうなったんでしょうか?
「引き分けだよ」
そう言って、私が意識を失った後のことについて、語ってくれました。
あの試合中、空中で意識を失った私は、そのまま地面へと落下し、衝突時のダメージによって、死亡したと判定されます。
一方、クロード君の方も私の魔法によって受けた傷により、出血多量の末、同じく死亡と判定されたそうです。
保護結界により、二人の死亡判定が出されたのがどうやら同時だったらしく、2人まとめて結界の外へ弾き出されたそうです。
あとは、見学していたレイン先生が、意識を失っていた私を闘技場から運び出し、今に至るという訳です。
ちなみに、試合の結果は引き分けだそうです。
ただこの場合は、昇格戦の規定によって、挑戦者側の勝ちという扱いになるんだそうです。
何やらイマイチピンと来ない結末ではありますが、どうやら私は勝利を得たようです。
「身体の調子はどうかな?」
言われて自分の体調を確認します。
身体には傷らしい傷は見当たりませんが、僅かに倦怠感がありますね。
闘技場の保護結界は、どんな致命傷を受けようとも、確実に死の危険から救ってくれます。
しかし、流石にあれだけボロボロになれば、全くのノーダメージとはいかないようです。
「ならばこれを飲むといいよ」
そう言って、レイン先生が紫の液体の入った小瓶を渡してきます。
「何ですか?これ」
「良く効く薬だよ」
見るからに怪しい雰囲気を放っています。
ハッキリいって飲みたくありませんが、拒否しても、無理やり飲ませられるだけでしょう。
覚悟を決めて一気に呷ります。
「うう......不味いです......」
思った通りろくでもない味でした。
ただまあ、あの激マズのマナポーションと比べれば大分マシですけど。
「では、改めてAランク1位への昇格、おめでとう」
......そうでした。
昇格戦の規定に依ってではありますが、私はクロード君に勝利しました。
ということは必然、彼がいたAランク1位の座へと私は昇格することになります。
......つい昨日までGランク20位だったことを考えると、これは驚く程の大出世と言っていいと思います。
私的にはかなりの頑張りを見せたと思うのですが、レイン先生にとっては不満の多い試合内容だったらしく、褒められたのは最初だけで、あとはひたすらお説教です。
「
確かに先生の言う通りです。
一度防がれたはずの
「
その分維持するのが難しく、風と闇、どちらかの属性の魔法を近くで使われるだけで簡単に制御が乱れるそうです。
上級者ならそれも対策できるそうですが、今の私ではそれも厳しいようです。
それに、
「大体、始めからあの戦法を使っていれば、負けたのは間違いなくエステル君の方だよ。それは分かっているよね?」
むぅ、......確かにその通りです。
クロード君が、先にある程度の魔力を消耗していたおかげであの戦法が通ったのです。
最初から
先生から言わせれば"運良く力押しが通っただけ"とのことです。
ですが、それもまた実力のうちだと、私は思うのですが、
「計算してやったのならともかく、実際の所、偶々上手くいっただけだよね?偶然に頼っているようじゃ、魔導師としてまだまだ半人前もいい所だよ」
そう言い切られてしまうと、反論に困ります。
「ううっ。お説教ばかりではなく、もうちょっと褒めて下さい!私、Aランク1位になったんですよ」
「......そうだね。まだまだ先は長いけど、今はその健闘については褒めておこうか」
「じゃあ、何かご褒美を下さい」
「......そうだね、考えておくよ」
やりました!
先生からご褒美を勝ち取りました!
......何をくれるのでしょうか。
期待に胸が膨らみますね。......本当に膨らんだりしませんかね?
「ああ、そうだった。実は明日からこの研究室に新しいメンバーが入って来るよ」
レイン先生がさも今思い出したかのように、突然そんなことを言い出します。
ついにこの研究室にも、私以外のメンバーが増えるようです。
「先生、それは誰なんですか?女の子ですか?学年は?」
「ああ、女の子だよ。学年はエステル君と同じ2年生。ただ彼女は留学生だから、エステル君は知らないと思うよ」
留学生......ですか。一体、どこの国の方でしょうか?
留学生と言えば、Sクラス1位のアーデルハイトさんの存在がまず頭に浮かびます。
彼女はエルフなので、多分ナーミア教国出身だったと思います。
「詳しくは、明日の顔合わせの時にでも説明するよ。では指導の方に戻りましょうか」
どんな子が来るのでしょうか。楽しみですね。
◆◆◆
翌日、いつものように教室棟へとやって来た私は、通いなれたGクラスではなく、Aクラスの教室へと向かいました。
Gクラスの錆びた扉とは違い、Aクラスのそれは、如何にも金の掛かっていそうな高級感に溢れたモノでした。
教室内を見れば、机などの備品も明らかにGクラスのモノとはランクが違います。
まだ学生にも関わらず、世の格差社会をヒシヒシと感じさせられます。
「おい、ちょっとあれ見ろよ」
「ああ。噂はホントだったのかよ」
ヒソヒソと話声がそこら中から聞こえてきます。恐らく私のことを噂しているのでしょう。
でもそれも仕方ないことです。
Gクラスの、それも最下位だった私が、Aクラスのクロード君に勝利したのです。
番狂わせもいいところでしょう。
ちょっと前の私にこの事を教えてあげても、きっと鼻で笑うことでしょうし。
まあ気にしても、どうしようもありません。堂々としていましょう。
「おいっ!おまえっ!クロードさんを卑怯な手で嵌めたらしいなっ!」
空いている席に座り、一人
......どこの誰だか知りませんが、いきなり失礼ですね。
「はぁ。ルールはちゃんと守って戦いましたが?」
正攻法とは言い難いかもしれませんが、決してルールを破るような真似はしていません。
卑怯などと言われる筋合いなど全くもってないのです。
「ふざけるな!あんな卑怯な手段を使っておいてっ!」
そう言ったのを皮切りに、彼は何か色々と言って来ますが、具体的に何がどう反則だったのか指摘してくれないので、私も反応に困ってしまいます。
「それで結局の所、何をおっしゃりたいんですか?」
思わず私がそう尋ねると彼は、顔を真っ赤にしたあとこう宣言しました。
「お、おまっ!くそっ。ならお前に試合を申し込む!」
「お断りします」
「はぁ!?な、ちょ、おまえっ」
「なぜ私があなたと戦わなければいけないのですか?」
理由もなく、試合なんて無駄なこと私はしたくないのです。
それでなくとも、レイン先生に毎日ボロボロにされて疲れているのですから。
「クロードさんの仇を討つ為だ!」
「それは私には関係ない話なのですが......。どうしても試合をしたいのでしたら、来月の昇格戦の時にどうぞ?」
「~~~っつ。いいさ。首を洗って待っていろ!」
そうテンプレな捨て台詞を吐いて、彼は私から離れ、空いた席にドンッと座ります。
ちなみに仇を討って貰えるらしい肝心のクロード君はというと、今頃Gクラスの教室です。
実力はあるはずなのに、私に勝てなかったばかりに......。そう考えると、ちょっと可哀想ですね。
その後は、遠巻きにヒソヒソと噂されることはあっても、直接何かを言ってくる人は居ませんでした。
そうして本日の授業は全て終わり、いよいよ待ちに待った新しいメンバーとの顔合わせの時間です。
実は授業中、たまに上の空になるくらいには、気になっていたのですよ。
◆◆◆
「ふーん。思ったよりも普通だね」
新人さんに出会って第一声がこれです。
酷い言われようですね。
新人さんは燃えるような赤い髪に、顔立ちはどこかの王子様かと思う程に整っています。
ですが、声から察するに恐らく女性でしょう。
「センセイの判断基準って、ホントよく分かんないよね」
「まあ、それは仕方ないだろうね。......実は僕自身にもこれといった明確な根拠は無いからね。ただそれでも僕の判断は間違ってない自信はあるよ」
「ふーん、まっ、センセイがそう判断したのなら、きっと正しいんだろうね」
彼女は再び視線を私に戻し、太陽のような笑顔を向けてきます。
「ボクの名前はユーディット。よろしくねエステル」
先ほど失礼なことを言われたような気もしますが、そんな些細な事など忘れてしまう程に、魅力的な笑顔です。
「え、ええ。よろしくお願いします。ユーディットさん」
「硬いなぁ。ユーディットでいいよっ」
ニコッと笑みを見せながら、そう言って彼女が手を差し出してきたので、私もそれに応えます。
その手の感触は、見た目の印象からは程遠く、かなり鍛えられているように感じられます。
「さてと、二人とも仲良くなったみたいだし、お互いの実力を知る為にも、早速だけどちょっと模擬戦でもやろうか」
レイン先生の突然の提案によって、急遽ユーディットと試合を行うことになりました。
研究室の一角に設置された闘技場へと、私たちは移動してきました。
研究室内にどうして闘技場があるのかって?
そう、そうなんですよ。この研究室、色々とおかしいんですよ。
外から見れば、ちょっとした倉庫くらいの大きさ建物で、平均的な研究室から見ればむしろ小さいくらいなんですが、中に入れば、大小様々な部屋がいくつも並んであり、この闘技場みたいに、天井が見えない程の高い空が広がっていたりもします。
空間に歪みでも、生じたとしか思えない状況です。
その辺について尋ねてみましたが、レイン先生曰く「建物自体が魔法具だから」としか答えは返って来ません。
......たったそれだけの言葉で済ませていいんでしょうかね?これ。
ただ、ここで1か月以上も過ごしていると、それ以外の非常識を何度も目にする機会があるせいで、もうそんな事どうでもいい気分になりつつあります。
「へぇ。凄いねここ。さっすが、センセイ」
ユーディットの方も凄い、の一言で済ませる程度には、レイン先生の非常識っぷりに慣れているようです。
この闘技場は学園にあるものとほぼ同じ形状・仕様となってる為、死ぬような怪我でも安心安全の設計です。
その所為で、レイン先生にもう何度となく、ボロ雑巾のような扱いを受けたことか......。
「じゃあ始めようか」
ユーディットがレイピアを縦に構え、私に鋭い視線を向けます。
レイピアとは、また珍しい武器を使いますね。
「では試合開始」
レイン先生が開始の合図を告げます。
「行きます。
私は、開始の合図と共に愛剣"シュタイフェ・ブリーゼ"に風を纏わせ、駆け出します。
クロード君との時とは違い、今度は相手の実力を見極める為の戦いです。
ならば私から仕掛けるのが礼儀でしょう!
「
ユーディットの頭上高くに、炎の球体が召喚されました。
初見の魔法ですが何か嫌な予感を感じ、私は咄嗟に進路を変えて、その球体目掛けて、剣を振り下ろします。
剣が纏う風の渦によって、炎はあっさりと霧散しました。
しかし、その僅かな時間にユーディットは私から距離を取り、今度は炎球を2つ召喚していました。
ますます嫌な予感が膨らみます。
私は今度こそユーディット自身へと狙いを定め、突進を掛けます。
「やぁぁ!」
ですが、ユーディットへと迫る寸前に、頭上の炎球から吐き出された火炎弾が飛んできました。
やはり設置型の魔法ですか。厄介ですね!
「くぅっ......」
やむを得ずバックステップで躱しますが、その隙にまた上手く距離を取られ、更に2つ炎球が追加されます。
いよいよマズイですね。
私は再び目標を炎球へと戻し、その消去へと全力を傾けますが、いつの間にか炎球が闘技場全体にバラバラに設置されており、消去速度が設置速度に追いつきません。
偶に狙いをユーディット自身に変えてもみましたが、炎球からの牽制攻撃のせいで追いつくことができません。
「そろそろいいかな」
気が付けば30以上もの炎球が闘技場のあちこちに設置され、私を取り囲んでいます。
「じゃあこれで終わりにするよ。
「
私は咄嗟に空へと逃げることで、辛うじて炎の雨を回避します。
下を見れば、つい先程まで私が立っていた地面がボコボコになっています。
......直撃したら危なかったですね。
「ふふ、無駄だよっ!
私が
効果そのものは大したことはないのですが、今の私は
魔法の制御が乱れ、あっさりと落下を始めます。
ですが、それは想定のうちです!
「
強風を叩き付ける魔法を発動します。
対象は、私自身です。
垂直に落下を初めていた私の体を、横殴りに暴風が襲い、そのまま斜め下へと一直線に加速しながら落ちていきます。
その軌道は丁度、ユーディットの方へと向いています。
私は自身で放った魔法によって傷を負いながらも、力を振り絞り、手にもった剣をユーディットへと投げつけます。
落下の速度を乗せたその剣は、もの凄い勢いでユーディットへと飛んでいきます。
「くっっ」
驚きに目を見開きつつも、辛うじて手にもったレイピアで彼女はそれを防ぎましたが、反動でレイピアを取りこぼします。
一方で落下を続けていた私はというと、ユーディットへと一直線です。
落ちて来た私とユーディットが派手に激突し、二人の体が絡み合います。
そこまで予想していた私は、ボロボロになりながらも、なんとか彼女の背後へと組みつきます。
「なっ!くうぅぅっ!?」
私が両腕でガッシリと首を締めあげた為、ユーディットが苦悶の声を上げます。
「これで終わりです!」
そう勝ちを確信していた私でしたが、ユーディットの思わぬ行動に予想をひっくり返されてしまいます。
「っふ、
まだ消えずに残っていた炎球に、ユーディットが砲撃を命じます。
それに呼応して、30以上もの炎球が再び火を噴きます。
いくつもの炎の塊が、私たち2人へと向かって殺到します。
私はユーディットを掴んでいた腕を解き、逃げようとしましたが、残念ながら一歩遅かったようです。
焼けるような痛みと共に、視界が赤く染まり、私の意識は消失しました。
◆◆◆
目覚めると、私はベッドに横たわっていました。
何やらデジャヴを感じます。確かつい先日も、同じことを思ったような。
隣を見れば、ユーディットが横になっています。
どうやらここは、研究室内の医務室のようですね。
「あーいたた」
どうやらユーディットも目覚めたようです。
彼女もこちらに気付き、一瞬驚いた表情を見せた後、笑いだしました。
「まさかあんな手で来るなんてねっ。エステルってすっごく面白いね!」
「それって、褒めてます?」
「あははっ。勿論褒めてるに決まってるよっ」
「そんな風に笑いながら言っても、説得力がありませんよ」
「そう?でも本当だよ。ふふっ」
本当でしょうか。その態度ではちょっと信じられませんね。
......ですが、私も不思議と悪くない気分になり、いつの間にか釣られて笑顔になっていました。
「ユーディットこそ、あんな無茶苦茶をやるなんて」
「エステルには言われたくないなぁ」
魔法学園に通い始めて早1年。
同じ貴族の方からは"落ちこぼれ"と呼ばれ、平民の方には身分差からか敬遠され。
これまで私が友達と呼ぶ人は、そして呼んでくれる人は学園内には誰一人居ませんでした。
ですが彼女とならきっと。
「君たち、仲が良いのはいい事だけど、この後反省会だからね?」
この後、二人でレイン先生にたっぷりとお説教を受けましたが、不思議と私の気分は晴れたままでした。
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