3 初めての昇格戦
挑戦の申し込みをしてから、数日が過ぎ、ついに試合当日となりました。
座学の授業を終えた私は、試合へと向かうべく、席を立ちます。
「おい、今日あの"落ちこぼれ"が試合するらしいぜ。しかも相手はAクラスの1位らしい」
「まじかよ。ばっかじゃねぇのか?試合になんねぇだろそんなの」
「だよなー。なぁ、何分で勝負着くか掛けないか?」
「おいおい、何秒かの間違いだろ」
「ははっ、そりゃ違いねぇや」
同級生の男子たちがそんなことを噂しているのが、耳に入ってきます。
とはいえ、悔しさは多少あれど、その事自体にはあまり怒りは感じていませんでした。
以前の私の事しか知らなければ、そう思うのがきっと普通なのでしょうから。
......今の私に出来るのは、以前の私とは違うという事を、ただ試合の中で証明するだけです。
改めて決意を固くし、闘技場へと向かいます。
そこには既に、対戦相手であるクロード君の姿がありました。
他の見学者の姿は余り見えません。恐らく10人もいないでしょう。
どうせ一瞬で勝負がつくからわざわざ見に行く価値もない、そんなところでしょうか。
視線を前へと戻し、改めて対戦相手である目の前の少年と向き合います。
彼の名は、クロード・シュヴァイツァー。
私と同じく正統グランフォール王国の侯爵家出身で、確か長男だったはずです。
選抜戦の成績は19勝1敗と非常に優秀な成績で、Aクラス1位の座を獲得しています。
その1敗も、現在のSクラス1位であるアーデルハイト・ブラントミュラーさんによるもので、実際の実力は間違いなくSクラス級だと言われています。
所属はマクスウェル研究室。学園最強の教師と名高い"
学園に数有る研究室の中でも、マクスウェル研究室は1、2を争う人気と実績を誇り、実際に数多くの優秀な卒業生を輩出しています。
それに確かあの研究室には――。
――いえ、あの人達の事は今は忘れましょう。
そんなエリート中のエリートとも言えるクロード君ですが、彼自身の評判についても、そう悪い噂は聞きません。
性格は比較的温厚で、情に厚い性格らしく、友人も多いようです。
また実技のみならず、座学の方も優秀で、およそ欠点らしい欠点が見当たりません。
そんな優秀な彼と、始めての昇格戦でいきなり対戦することになってしまったのです。
Gクラス20位である私が。
とはいえ――レイン先生からの指示があったにしろ――最終的には自分から対戦を申し込んだのです。
文句など言えるはずもなく、こうして試合の日を迎えることになりました。
それに私自身、この1ヶ月で見違えるような上達を遂げた自負があります。
果たして彼相手に、今の自分がどこまで戦えるか興味もあります。
その為か、思ったよりもワクワクとした気分で、私は試合に臨んでいました。
......ですがどうやら彼の方は、そうでも無かったようです。
表情が随分と詰まらなさそうに見えます。
「やれやれ、初めての昇格戦の相手がまさか君とは......。どうしてわざわざ僕に挑んできたんだい?」
なぜこんな無駄なことを、さもそう言いたげな口振りです。
「......そうですね。悔しいですが、その質問に返す言葉もありません」
「......ならどうしてこんな無茶を?」
本当に理解できないといった表情で、首を傾げています。
しかし、そんな余裕な態度が少々、癪に障ります。
どうやらクロード君は、自身の勝利を微塵も疑っていない様子。
それも止むを得ない話ではあるのでしょうが、こうなると、その鼻っ柱をへし折ってあげたくなりますね。
「私もこの1ヶ月、修行を重ねて来ました。以前の私とは違う姿をお見せしたいと思います」
ですが、私も今の自分の立場は
今は殊勝ぶった返答をするだけに留めておきます。
「そうかい。......だけど僕には弱い者いじめの趣味は無いんだ。すぐに終わらせてあげるよ」
クロード君が凛とした佇まいで、そう宣言します。
服装こそ昇格戦の規定により、身を守る防具こそ、制服である紺のローブのみですが、彼の右手に握られた杖が、彼が特別な存在であることを主張しています。
その杖は、荒れ狂う波をそのまま凍らせたような蒼々とした精微な装飾が全体に施されており、一目見るだけで一級品だと分かります。
魔導師にとって、杖などに代表されるの魔力媒体は、非常に重要なものです。
魔法を使う際、自身が保有する魔力を使用して魔法を構築しますが、その過程でどうしても魔力のロスが生じます。
そしてそれら発生しうるロスを減らす役割を果たしてくれるのが、魔力媒体なのです。
魔力媒体に使われる素材として有名なものとしては、
魔物の素体は、素体の形状や加工性、何より元となる魔物の魔力保有量に影響されますが、一般にあまり複雑な加工が不要な杖などに向いています。
どちらも、高い魔力の伝達率を持つ為、魔力媒体の素材として良く用いられています。
また、魔力媒体にはそれ以外にも、魔法の発現速度の上昇や魔力の自然回復力の向上など、様々な効果を持っている場合があります。
クロード君の杖も、施された装飾の精微さから、いくつもの有用な効果を備えていることが想像できます。
あれほどの逸品、普通の学生に手が届く品ではまずありません。流石は侯爵家の跡継ぎといった所でしょうか。
......まあそんなことを言ってしまえば、私も侯爵家のお嬢様なのですが。
一方の私が両手に構えるのは、レイン先生に頂いた長剣です。
銘は、シュタイフェ・ブリーゼ。
貴族の令嬢が使うにはしては、装飾らしい装飾もなく、至って地味な代物です。
とはいえ、この長剣も見た目のシンプルさを除けば、そう悪いものではありません。
その無骨さからは想像もつかない程軽く、体格が小さい私でも比較的楽に扱えます。
また、属性魔法、特に私の得意とする風属性と相性が良く、魔法を刀身に付与するのが比較的、楽だという利点もあります。
剣や槍などの武器型の魔力媒体は、杖などの魔法発動に特化したものと比べ、魔力ロスの低減や魔法発動の効率には劣りますが、武器そのものに魔法を付与したり、魔法を武器で受け止めたりといった使い方が出来る点で優れています。
一長一短であり、要は戦闘スタイルによって、どのような魔力媒体を選択するかは変わってくるものなのです。
「長剣、......武器型の魔力媒体か。その小さな体で接近戦でもやるつもりなのかな?」
「さぁ。それはどうでしょうね。実は剣はブラフで、杖を隠し持っているかもしれませんよ?」
「......そうだとしても、僕には関係はない。全て薙ぎ払うだけさ」
私の挑発にも、全く動揺することなく流します。
「両者とも、所定の位置に着きましたね」
そうこうしているうちに試合開始の時間がやって来ました。
審判役の上級生が、私たちに交互に確認の視線を送ります。
「Aクラス1位、クロード・シュヴァイツァーと、Gクラス20位、エステル・クロドメールの試合を始めたいと思います。では試合開始!」
その合図と共に試合が始まりました。
開始の宣言とほぼ同時にクロード君は魔法の構築を開始したようです。
彼の杖に青い魔力光が集まっていきます。
......色から察するに恐らく氷魔法ですか。
クロード君は悠長に構えており、見た感じ隙だらけのように思えます。
一瞬、妨害しに行こうかとも思いましたが、止めておくことにします。
レイン先生から受けた指示は、今の私が、学園内でどのくらいの位置にいるかを身をもって体感することです。
ならば、まずはお手並み拝見です。
Aクラス1位の実力がどれ程のモノか、見せてもらいましょうか!
長剣を構えたまま、クロード君が使用してくる魔法の予測をしながら黙って動きだすのを待ちます。
「これで終わりだ!
その言葉と共に、クロード君の頭上にいくつも氷柱が出現しました。
一つ一つは、それほどのサイズではありませんが、全て先端が
それが一斉に私へと向きを変え、加速して向かってきます。
見学の生徒達から歓声が上がっています。
普通2年生になったばかりの学生が扱えるような魔法では無いのです。無理もありません。
私は、両手で持った長剣を握り直し、迎撃準備をします。
その時、私の視界に映ったクロード君はもう勝負は着いたとばかりに杖を下して、観戦姿勢に入っています。
その姿が妙に癪に障ります。
その余裕、へし折って差し上げましょう!
「
私は誰にも聞こえないような小声でそう呟き、魔法を発動します。
緑の光が私の剣の周囲で瞬き、剣の周りに風が吹き荒れます。
私は風を纏ったその剣を手に、一歩前へと踏み出します。
その時、クロード君が放った氷柱はもう、すぐ目の前にありました。
「やあぁぁ!!」
大上段に構えたその剣を、前方に大きく振り下ろします。
その衝撃と剣が纏った暴風の力により、私へと迫っていた氷柱はあちこちへと弾き飛ばされていきました。
振り下ろした剣を、再び正面に戻し、前に向き直ると、そこにはポカンとした顔のクロード君の姿がありました。
「は、はぁぁ!?」
どうやら私が、彼の魔法を完全に無効化したことが、それほど驚きだったようです。
ですが私の視線に気が付くと、彼は持前の冷静さを取り戻し、すぐに元の表情になりました。
「まさか僕の"
クロード君がごちゃごちゃと呟きながら、先ほどの攻防について分析しています。
試合中なのに呑気なものです。
レイン先生との模擬戦中にそんなことをすれば、ボロボロにされるのは間違いありません。
とはいえ、わざわざそれを口に出す程、私は空気が読めない女ではありませんが。
しかし、先ほどの一当てで大体、彼の実力は把握出来ました。
どうやら、今の私の実力でも問題なく戦えそうですね。
「......認識を改めよう。どうやら君は、僕が本気を出すに相応しい相手のようだ」
分析がやっと終わったのか、先ほどまでの余裕の表情はなりを潜め、真剣な顔つきに変わっています。
やっとで本気になってくれたようですね。
でなければ、興醒めするところです。
クロード君が再び杖を構え、先程と同じように青い光が集まっていきます。
「
また同じ魔法なのかと、訝し気に思いつつも、同じように迎撃態勢を取ります。
結局それは、ただ先程の繰り返しをやっただけでした。
私の剣によって弾かれて、氷柱は闘技場へとバラバラに散らばります。
「......なんのつもりですか?」
一体その行為に何の意味があるのか分からずに、私が動けずにいると、今度は彼の杖の先に白い光が集まっていくのが見えました。
あの魔力色は、光属性ですね。ならば!
「
吸い込まれるような漆黒の丸い盾が、私の前方に出現します。
光属性の攻撃魔法は、攻撃速度に優れ、回避は困難ですが、その対処自体はそれ程、難しくありません。
私が今生み出した闇属性の盾は、光を吸収する性質を持ち、こと光属性の魔法に関しては、よほどの力量差でもない限り、完ぺきに遮断してくれます。
光属性の魔法は、基本的に一直線上にしか攻撃出来ない為、対光属性魔法とも言うべき、この黒盾を進路上に張るだけで、大抵の光属性魔法は無効化できます。
私がそうやって迎撃準備を整えていた間に、クロード君の方も魔法の構築が完了したようです。
彼の頭上に直径1m程の光の球体が出現します。
どうやら予想通り、光属性の攻撃魔法のようですね。
予め準備していた黒盾を、私と球体の直線上に移動させます。
これで、その魔法はもう効きません!
ですが、そんな私の様子を見て、クロード君がニヤリと口を微かに歪めた姿が見えました。
「
光の球体が弾け、いくつもの光の矢へと変化します。
ですが、進路上に黒盾がある限り無駄です!
そんな余裕ぶっていた私の予想から外れ、光の矢は私を避けるように周囲へと降り注ぎます。
「がっ、はぁっ」
次の瞬間、予期しない痛みが私の全身を貫きました。
痛みに耐えかね、思わず膝を着いてしまいます。
「なっ......。これは......」
見れば、いくつもの光の矢が体中のあちこちに突き刺さっています。
どうやら、先程のクロード君の魔法のようです。
しかし、何故?
その疑問は、周囲に転がっていた氷柱から燻っている煙を見たことで、氷解しました。
「氷柱を経由して、攻撃したんですねっ......」
「正解だよ。......というかなぜ君はまだ立っているんだい?無防備かつ予想外の所への直撃だ。いくら氷柱を経由したことで、威力が減衰していたとしても、ああも見事に食らえば、普通は耐えられないはず......」
「そうですね......。強いて言えば、根性......といった所でしょうか」
私はそう
恐らく事前に張っておいた"
どうやらレイン先生の指導のおかげで、命拾いをしたようです。やはり基本は大事ですね。
「......だがもう君はボロボロだ。そんな君を嬲るのは僕の趣味じゃない。ここまでの君の頑張りに敬意を表して、切り札を使わせてもらおう。次で終わりにする!」
クロード君が、杖を掲げそう宣言します。
ですが、そんな宣言、私には認められません!
「......いいえダメです。そろそろ私のターンです!」
切り札を使うと言われて、わざわざ黙って待つ者など、物好きだけです。
始めは勝ち負けは二の次のつもりでしたが、こうなってくると意地でも勝ちたくなってきました。
こちらが先に切り札を切らせてもらいます!
「
私の体が地面を離れ、ゆっくりと上昇していきます。
「なっ、"
驚いているクロード君をよそに、私は上昇を続けます。
建物の高さを超え、四方に見える景色は青い空だけとなります。
やがてクロード君の姿が豆粒ほどになった辺りで上昇を止め、攻撃の準備に移ります。
「なっ、ちょっ、まさか。そこから攻撃するつもりかっ!」
クロード君が何か言っている気がしますが、無視します。
「
魔法によって岩の塊を生み出し、それをクロード君へと向けて落とします。
「ちょっ、ちょっとっ。待ちたまえっ!それは流石に卑怯だぞっ!」
あー。あー。
クロード君が何か叫んでいるようですが、遠くて良く聞こえません。
巨大な質量体の激突により、闘技場一帯に砂埃が巻き上がり、クロード君の姿を覆い隠します。
これでは狙いが付けれませんが、別にそれはそれで構いません。
こちらとしては逃げ場が無くなるまで、闘技場を、岩の塊で埋め尽くしてあげればいいんですから!
「
私はただ無心に魔法を放ち続けます。
この魔法は、闇と土の2属性複合魔法であり使用難易度が高く、同時に発動している
私の魔力が尽きるか、それとも先にクロード君を仕留めるか、恐らくどちらに転がるにせよギリギリでしょう。
たまに反撃のつもりでしょうか、氷の礫が下から飛来しますが、見当はずれの方向へと去っていきます。
岩が闘技場に衝突する度に砂埃が巻き上がる為、もはやお互いに視界も何も有ったものではありません。
こんな状況では、まずまともに狙いをつけるなど無理でしょう。
そういう意味でも、狙いを付ける必要がない私が有利なはずです。
もう幾度、岩の塊を落としたでしょうか。審判の方が、試合を止める気配はまだ有りません。
クロード君も中々しぶといですね。
そうこうしている内に、私の意識は朦朧とし始めます。
これはちょっと不味い兆候です。どうやらそろそろ魔力が限界のようです。
ああもう、いい加減に死んでくれませんかね!
なおも攻撃を続けていましたが、遂に魔力枯渇により、魔法を維持できなくなります。
(あぁ、勝てませんでしたか)
そんなことを考えながら地面へと激突する寸前、私の視界にはクロード君が、全身から血をダラダラと流しながら、倒れる姿が映ります。
なんだ、クロード君ももう限界じゃないですか。
そんなことを思いながら、私の意識は暗転しました。
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