2-9 三春さんのフルネームは三春のゐ子

 おにぎりを食べたあと、ぼくらは三春さんからあれこれと情報を収集した。


 どうやら最寄りの港へ行けば、話が前へ進むようだ。学童たちを集団疎開させる船が出ているから、まずはそれに乗り、ぼくらが所属していることになっている、福岡県内ふくおかけんないにある航空基地へと戻るのが本来のゲームのシナリオらしい。ぼくらの場合は特にクリアを目指す必要はないのだけれど、枢機たちは東京にある大本営付近に潜伏しているとのことだったから、とりあえずストーリー通りに話を進めることにした。


「のゐ子殿はどうするんでありますか?」


 キリンが三春さんの下の名前を呼んでそう訊いた。ちなみに三春さんのフルネームは、三春のゐのいこということだった。年齢は十七歳で、ぼくらよりも一つ歳上ということだ。色が白いところもそうだけど、色素の薄い瞳の色や、たれがちな両目がどことなくユニカ先輩に似ているとぼくは思った。


勤労奉仕員きんろうほうしいんとして、わたしも疎開する予定です。寝たきりの母がおったのですが、先日旅立ってしもうたので……」


「もしもよろしければ、線香をあげさせてください」


 すかさず神妙な声でそう言ったのは、ぼくではなくキリンだった。いつものキャラからしたらふざけているようにも取れるけれど、どうも本気で言ってるっぽい。三春さんのことがすっかり気に入ってしまったようだ。それはぼくだって同じだったけど。


 三春さんは哀しげに微笑んだ。「はい、母も喜ぶと思います」


 ぼくらは家に上がり、質素ながらも手入れが行き届いている仏壇ぶつだんの前に正座をすると、マッチとろうそくを使って折った線香に火をともし、そっと両手を合わせて目を閉じた。そして近所に挨拶をしなければならないからと言う三春さんを残して、一足先に港へと向かった。空は気持ちよく晴れていて、戦時中とは思えないほどののどかな雰囲気に満ちていた。

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