2-5 任務の詳細とイマジン+
枢機の捜索、洗脳……? 第三次、世界大戦……?
呆然としているぼくに大君大臣が声をかける。
「説明を続けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……はい。——あっ、でも、一体なぜ、ぼくらなのですか? それは、必ず引き受けなければならない任務なのですか……?」
「それらにつきましては、これより葵から説明させて頂きます」
「わかり、ました……」
大君大臣が頷いて、半歩前に進み出た葵さんがやわらかいバスで話し始める。
「それでは、これよりわたくし葵が詳細を説明します。それに伴い、まずは一つ確認をさせてください。君たちは『イマジン+《プラス》』のことは知っていますか?」
イマジン+。ぼくらは、それを知っていた。これまでに何度かキリンと話題にしたこともある。それはここイマジン界こと、仮想時空間内における時間を、実質上の『永遠』にまで引き延ばすことが可能とされている、世界中から利用サービスの開始を待ちわびられていた、イマジンの次世代機であり、最終機のことだった。従来の据え置き型とは違ってステックしか必要としなくなる、クラウド式に変わるものとされていた。
けれど、その引き延ばした時間の記憶を現実に持ち帰るための、いわゆる記憶の『変換器』の材料として、クローンではない、自然に誕生して成長を遂げた、『生存中の』子供の脳の一部である、記憶を司る海馬と呼ばれる部位と、その中に存在する、ある特定の細胞を使わなければならないということが一大スキャンダルとして発覚し、その存在を永久的に封印されてしまったのだ。
「その細胞は、SNX27という名称です。主に記憶の解体を抑える役目を担っていて、これが足りないと、ダウン症などの症状に陥ってしまいます」
ぼくらが聞き届けたことを確認するかのように、一拍置いたあとで葵さんが続ける。
「それだけ知っていれば充分なので話を進めます。君たちは今、イマジンではなく、イマジン+のモード上にいます。先ほどアバターが解除されたかと思いますが、そのときに、我々によって転移されました。それに伴い、現実におけるあなた方の肉体も、我々の管理下へと移し置かせてもらいました」
「と言うことは、変換器が完成したのでありましょうか?!」
そう尋ねたのはキリンだ。現実の自分の肉体よりも、イマジン+の方に食いつくところがさすがキリンという感じだったけれど、実を言うと、ぼくもまったく同じことを訊きたいと思っていたところだった。
「そうです。暫定的ではありますが、完成に至りました。しかも人体を使用したものではない、クリーンな変換器です。簡単に言うと、とある食虫植物の器官の一画に、児童の海馬や先ほどのSNX27と同じ役割りを果たす効果が発見されたので、そちらを人工培養して使用しています。この変換器により、無制限ではありませんが、最大で1,440倍もの拡張した時間の記憶ができるようになりました。結果現実の一分を一日として、一日を1,440日、すなわちほぼ四年間として使用することが可能となったのです。ここまではご理解頂けましたか? 何か質問があれば受け付けます」
はっ、ございません! とキリンは答えたけれど、ぼくには、訊きたいことがあった。
「どうぞ言ってみてください」
「あの、イマジン+の『モード上』ということは、ここはイマジンのそれと
「その通りです。イマジン+は仮想時空間そのものではなく、あくまでも拡張機能と変換器を付加されたシステムの名称となっているためです。ですのでイマジンを使っている者と、イマジン+を使っている者が、同一の仮想時空間に同時に存在することが、可能となっています。元々イマジンのベースになっている集合的無意識では時間が流れてはおらず、それは帰るときの記憶の量によってカウントされる仕組みとなっていますので。ご理解頂けましたか?」
「はっ!」「はい」
葵さんは納得したぼくらを見て頷いた。
「それでは、先に進みましょう。我が国をはじめとする、世界主要先進20か国連合ことG20《ジートゥエンティー》は、このイマジン+の完成を機に、仮想時空間を人類の正式な『土地』として活用しようと考えています。そうして仮想時空間内で生活することになると、人々の寿命は飛躍的に跳ね上がることになります。ここでまた一つ確認ですが、君たちにはそれがどういうことか、おわかりですか?」
「わかりません!」「いえ……」
キリンの答えに葵さんは一つしかない目をすっと細めて微笑んだ。
「イマジン+の機能を用いて生きるということは、莫大なる、『考える時間』を手に入れることと、同義なのです。すなわちその仮想時空間において、ごく普通に生きるだけで、どんな性格の人間でも、相応の時間をかけて、やがては
葵さんはそこで軽く咳払いをした。
「やや長くなってしまいましたが、
かろうじてぼくはまだ話についてゆくことができていた。はい、とぼくは答え、はっ! とキリンが答える。
またすっと目を細めて微笑んだあとに葵さんが先を続ける。
「さて、肝心なのはここからです。そのように約束された未来があるとは言え、実現させるには、最低限の時間がかかります。それまで我々G20では、人口比とGDPを基にした、厳密かつ公正な条件に則った、世界196か国の全国家への、公平なる仮想時空間の分配を予定しています。しかし、それに反旗を翻す、とある組織の存在が確認されたのです。それは中近東とアジア、アフリカ、ラテンアメリカの要人たちによって構成されている、『トゥハイロ』という名前のテロリスト集団です。発展途上国である、俗に言う第三世界の国々の首脳や新興宗教団体を、数多く配下に従えていると言われています。そのトゥハイロが、製造コストの安いレシプロ戦闘機を使用した、大規模かつ長期間に渡る特別攻撃、いわゆる特攻テロを計画していることが明らかになりました。彼らはそのテロによって我々G20を脅し、イマジンのシステム、すなわち仮想時空間という人類における、新たな領土を独占しようと目論んでいるのです。この要求が通らないようであれば、テロ行為によってG20の都市を
ぼくはごくりと唾を飲んで質問した。「と、言うことは、二年前の、511便が消えたあの出来事は……」
葵さんは頷いた。「そうです、あの旅客機の行方不明事件は、近衛枢機という類稀なる優秀な人材と、日本人のスパイ要員を確保するための、トゥハイロの傘下にある者たちによる、計画的な『拉致』だったのです。パニックを恐れたG20により、事実は伏せられることとなりましたが」
「そうすると、枢機が、兄が、今も現実のどこかで生きていて、この仮想時空間内に、存在しているということです、か……?」
重々しく葵さんは頷いた。
「正確にはここ、ドッグ・ファイト! 内の、ストーリーモードの中に存在します。そこはストーリーに沿った物しかない限定された仮想時空間ですが、存在する部分は現実とほとんど変わらない上に、あらゆるレシプロ戦闘機とその設備が揃っていますからね、密かに訓練を行うにはまさにうってつけの場となっています。——ゲーム内に、アイテムのコマンドがあることはご存知ですね?」
キリンは、はっ、と答えたものの、その声には確かな戸惑いが含まれていた。知っていますけれど……? とぼくは言った。
「それはアイテムを
なるほど、とぼくは思った。キリンもしきりに頷いている。
「そのプログラムの解除はこれまで不可能とされてきたのですが、近日一つだけ、突破口が存在していたということが、預言AIである
——預言AI? いちにょ?
そのぼくの思念を読み取っただろう葵さんが答えてくれる。
「一如とは、イマジン+と共に開発された、イマジン界専用の解析及び、ナビゲーションシステムです。イマジン界そのものを擬人化したものとしてイメージしてください。まだ人型ではなく限定的な預言しかできませんが、滑らかなる対話と思考を行うことが可能となっており、その預言、通称プロフェシーの精度はこの上なく高いものとなっています。よろしいですか?」
「はっ!」「はい」
「その一如の解析により、その結界プログラムのもう一つの暗号鍵として、近衛枢機の個人的無意識が有効であることと、個々の人間の意識には、血液型や骨髄移植におけるHALのような、独自の『型』が存在しているという事実が判明したのです。と同時に、近衛枢機の個人的無意識の型と稀君のそれとが、一致している事実も判明しました。つまり稀君ならば、いえ、稀君だけにしか、そのプログラム並びに、近衛枢機とその個人的無意識へのこちらからの接触ができないということがわかったのです」
「ぼくだけに、しか……?」
そうです、と言って力強く葵さんは頷いた。
「ご家族やご親戚も調査させてもらいましたが、近衛枢機と意識の型が適合しているのは、稀君ただ一人だけでした。それはすなわち、隠蔽されたトゥハイロの基地への侵入と、近衛枢機にかけられた洗脳を解くことができるのは、稀君しかいないということになるのです。よってこうして大君大臣が、直々に任務の
今度の葵さんは笑うではなく、一つしかない目をすっと細める。
「むろん、強制することはできません。そこにはあくまでも、稀君の自発的な意志と覚悟とが求められます。どうでしょう、我が国と人類の未来のために、任務を引き受けてはもらえないでしょうか? イマジン界のトゥハイロの基地を叩き、近衛枢機を見つけ出して彼の洗脳を解かなければ、世界は破滅の
葵さんはキリンを見た。
「尚中島君には、ぜひとも稀君のサポートをお願いしたいと思っています。一如によって調べさせて頂きましたが、その想いの強さによって、中島君もまた、近衛枢機との高いアクセス権を秘めているものと見なされましたし、何よりもこのゲームに非常に親しんでいて、かつ軍事方面の知識は、一般の自衛隊員以上に豊富のようですからね。引き受けてくれますか?」
迷わずにキリンは敬礼のポーズを取った。「はっ、喜んで引き受けさせて頂きます!」
葵さんがまたすっと目を細めながら、
「ぼくは……」
ぼくは口ごもってしまい、それ以上の言葉を続けることができなかった。枢機はともかく、自分がそんな使命を任されるほどの存在には思えなかったし、何よりもそう、怖かったからだ。うまく説明できそうにないのだけれど、引き受けてしまえば、大事な何かが変わってしまいそうな気がして……。
と。
葵さんの横に並び立った大君大臣が、葵さんと同じく真摯な眼差しでぼくを見据えながら、ツバを持って脱いだ白い制帽を、太ももの脇へと移動させた。それに
「お願いいたします、近衛稀殿。どうか、どうか我が国と人類の未来のために、任務を引き受けてくださいませ……」
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