2-4 明かされたぼくらの任務

「はっ!」


 敬礼をしたままそう言ったキリンへ向けて、大君大臣がにっこりと微笑みながら敬礼をし返した。それでぼくもするべきというか、ちょっとしてみたいという気持ちがあったけれど、気恥ずかしくて結局するには至らなかった。


「楽にしてください、中島殿」


 キリンはまた、はっ! と言うと、バッと後ろで両手を組んで、小学生のようにきれいな『休め』の姿勢を取った。それにしても、どうして大臣はぼくらの名前を知っているのだろうか?


「近衛殿、それはあなた方が、選ばれたからでございます」


「え? って、聞こえて……?」


「ええ聞こえています。申し訳ありませんが、緊急事態ゆえ、あなた方お二人の思念を、先ほどより傍受ぼうじゅさせてもらっております」


 とその直後、キリンがかふっと鼻を鳴らしながら、大臣からさっと視線を逸らした。


「お気にせぬように中島殿。健全なる青少年の、健全なる反応です」


「はっ!」


 また敬礼をしたキリンを横目で見ると、まるで桃を埋め込んだみたいに両頬が赤く染まっていた。大かた大臣の胸元でも見ていたに違いない。なぜならそう、大君大臣の胸は、軍服の上からでもはっきりとわかるくらいに『豊か』だったからだ。


 と。大臣がぼくを見て、にっこりと微笑んだ。赤くなりながらさっと視線を逸らすのは、今度はぼくの番だった。顔を背けた拍子に、ドヤ顔でぼくを見ていたキリンとばちりと目が合った。


「ご安心ください。傍受はわたくしと、秘書であるこのあおいしかいたしてはおりません。後ろの兵士たちには会話そのものが聞こえぬよう制御されておりますし、守秘義務にのっとり、あなた方の情報は固く守られますゆえ」


「はっ!」「……はい」


 たった今紹介された葵さんという人が、『一つしかない目』でずっしりとぼくを見た。もう片方は金属製の洒落た眼帯で覆われていて、身長はどう少なく見積もっても190㎝は超えているように見える。遠目ではずい分細く見えたけれど、近くではマントのせいもあってか、次元そのものが一つ違うような圧倒的な迫力をかもしている。


 その葵さんが、キリンと同じようなかしこまった敬礼の姿勢を取った。決してふざけるわけではなく、真面目にキリンに合わせてくれているようだ。


「大君沙ミ防衛大臣の秘書官を務める、あおいこのみと申します! 以後、お見知りおきをよろしくお願いいたします!」


 中島キリンです! こちらこそよろしくお願いいたします! と言いながらキリンが再度敬礼をして、やっぱり気恥ずかしくてすることができなかったぼくは、こ、近衛稀です、よろしくお願いします……と言ってぺこりと頭を下げた。葵さんが見た目よりも名前のイメージに近い、優しそうな人でよかったとホッとしながら。


 途端ににっかりと笑った葵さんがぼくを見た。まさに破顔という言葉がぴったりな笑顔だった。そうか、心の声が伝わっているんだった。ぼくはまた赤くなりながら、改めてぺこりと頭を下げた。大臣が休むように言って、キリンが再びバッと休めの姿勢を取った。


「それでは、早速説明に入らせて頂きます」大君大臣が言った。「この度はあなた方お二人に、とある任務に就いて頂きたいと思っております」


 とある、任務……?


「任務です」


 大君大臣と葵さんがぼくを見た。なぜだろうか、瞬時にして尾てい骨内で生じた仮想のパルスが、仮想の脊椎せきついの真ん中をサーッと駆け上がってゆく——


「この仮想時空間における、近衛枢機このえすうき捜索そうさくという極めて重要な任務でございます」


 大臣が続けて言った瞬間、パンッ、とパルスが後頭部でスパークする。


 と同時に、じゃっ、ふがっ、というキリンの砂を踏みしだく音と、鼻を鳴らす音がいっぺんに聞こえてきて、横を見るまでもなくキリンの狼狽ろうばいがはっきりとわかった。


「近衛枢機の発見及び洗脳の解除。そして第三次世界大戦の勃発を阻止することが、この度あなた方にしょくされた任務でございます」

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