2-3 防衛大臣大君沙ミ《おおきみさみ》

「お? 二式水戦にしきすいせんこと二式水上戦闘機にしきすいじょうせんとうきが五機か。編隊はV字。なんだ?」


「早速助けに来てくれたとか?」


「あるいはそうかもしれんな——いや、待て、主役はあっちだ!」


 キリンが興奮気味に指さしたのは、戦闘機の真下に位置する海上だった。まるで戦艦に『ふた』でもしたかのような、もしくは武装したクジラかのようないかつくて黒い潜水艦が、船体の上部を海面から覗かせている。


伊四百型いよんひゃくがた潜水艦。別名せんとく型。第二次大戦中に調子こいて作られた、当時世界最大の潜水艦だ。長さは122mで、潜れる深さは100m。ああして『ヒレ』を出してれば、四ヶ月は燃料エサなしで泳げる超兵器モンスターだ」


 キリンが例によって蘊蓄うんちくを垂れているその間に、飛んでいた五機の水上機が派手な水しぶきを上げながら、潜水艦の前面と両脇に着水した。いずれの機体にも水上機ならではのフロートという、バルーンアートに使う風船のような『浮き』が車輪の代わりに付けられている。


 ほどなく後、潜水艦の艦橋かんきょうと呼ばれる上部の突起内から現れた、軍服と戦闘服を着た六人の人間が、小発動艇しょうはつどうていという小船に乗り換えてこちらへと向かってきた。専門的な名前がわかったのは、言うまでもなく隣でキリンが解説し続けているからに他ならない。


 その六人中の四人は、枯草カーキ色の戦闘服を身につけた見るからに屈強な男たちで、軍服の二人の方は、比較的華奢な体形だった。ただしその一人はここからでも背が高いことがわかる桁外れに大きな男性で、もう一人は赤い長髪を後ろで結わいているところからして、女性のように見える。男性の方は軍服とおんなじオリーブ色のマントを羽織っていて、女性の方は金ボタンや肩章けんしょうがほとんどアクセサリーのように見える、真っ白なパンツタイプの軍服をまとっていた。そして戦闘服の男たちはヘルメットを、軍服の方の二人は警察官のそれのような帽子を目深にしっかりと被っている。


「え、おい稀、あれって大君おおきみ大臣じゃねえか?!」


「大臣?」


 ぼくらよりも十数メートル離れた場所だろうか、六人が接岸した小発動艇から砂浜へ降り立った。その後各自ライフル銃を両手で斜めに持っている戦闘服姿の四人の男たちが、軍服姿の二人と共に、彼らとは対照的な規則正しい大げさな歩調で以って、軍服の二人を囲むかのようなフォーメーションでざっ、ざっ、ざっ、ざっ、とこっちに向かって歩いて来る。キリンいわく、あのライフル銃は三八式歩兵銃さんぱちしきほへいじゅうという名称らしいのだけど、それにしても、一体何なのだろうか?


 ふっと隣を見ると、解説をやめたキリンが、軍隊式の敬礼を行っていた。一瞬冗談かと思ったけれど、どこまでも真剣な顔で揃えた指先をこめかみに添えている。何それと突っ込むまもなく目の前にやって来た六人が、いかにも軍隊らしい動きで整列する。ぼくらの真っ正面に軍服の二人が、そしてその後ろの両サイドに銃を持った戦闘服の男たちが二人ずつ立っているというフォーメーションだ。


 と、ぼくの正面に立っている真っ白い軍服を着ている女性の方、よく見るとべっ甲縁でメタルパーツがあしらわれている眼鏡をかけていた赤い髪の毛の人物がすっと前に進み出て口を開いた。その顔にはよく見覚えがあった。この人って確かにキリンの言う通りの——


「はじめまして、近衛稀殿、中島キリン殿。わたくし、防衛省の防衛大臣を務めさせてもらっている、大君沙おおきみさミと申し上げます」

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