1-11 vsスピットファイアと謎のパイロットスウーネについて

 モウモウと煙を噴き上げ、クルクルと回転しながら墜落してゆく迷彩色の戦闘機を見ているぼくに向かっていつもの調子でキリンがまくし立てる。


「あのスピットファイアって戦闘機はな、第二次世界大戦のナチス・ドイツとイギリスとの間で起こった史上最大の航空戦、『バトル・オブ・ブリテン』でドイツ軍からイギリスを救ったってされている、伝説の戦闘機なんだ。『英国の救世主』ってうたわれているらしい。アメリカで言うとP-51Dマスタング、日本で言うとA6M零式艦上戦闘機、つまりはあの零戦と同じ立ち位置の、アイドル的な戦闘機だ。ぶっちゃけ今おれらが乗っている震電よりもドッグファイトにおける攻撃力は高い。しかし相手のパイロットはしょせんはNQCだから? 今みたいに粘りに粘って攻撃パターンを見極めたのち、その隙を突いて後ろに回ってロック・オン並びに撃破! するのが正解だ。ってことでよくやったぞ稀よ」


「だからさ、何もかもが遅いんですけど……」


 そんな感じでレベル5の戦闘機を二機続けて撃墜して少ししたときに、キリンが言っていたパイロットのスウーネが現れたようだ。ぼくには聞こえなかったけど、フレンド登録しているキリンには通知チャイムが聞こえたらしい。


「ついに来やがったぞ!」興奮気味にキリンが言った。「どうだ、行けるか? あれならば少し休んでもかまわんぞ?」


「大丈夫。今、結構ノッてるから」


「そうか。じゃあそのまま飛んで待て。今、バトル・フィールドをセッティングする。でそのあとに果たし状ならぬ、果たし通知だ」


 とそこで、ずっと思っていたことを告白するような調子でキリンが尋ねてくる。


「……なあ稀、スウーネってまさか、枢機すうきさんってことはないよな?」


 キリンのその言葉が、どん、と胸を打った。実を言うと、ぼくもそんな妄想を膨らませていたからだ。


「そういう冗談は、好きじゃないよ……」


「悪かった」珍しく素直にキリンは謝った。「でもよ、冗談なんかじゃねえんだ。もしもそうだったらいいなって、ちょっと思っちまっただけなんだ」


「けど、だってほら、性別はともかく、年齢が違うから……」


 そう、スウーネがもし本当に枢機なら、八つ歳上じゃないと計算が合わないのだ。なぜならイマジンにおいては、性別に限ってのみ、女性が男性と称してもいいという特例があるものの、その他の詐称は、厳重に禁止されているからだ。と同時に、細胞分析システムによって詐称できないようにもなっている。


 ——でも、それならどうしてこんなにも予感めいた想いを抱いてしまうのだろうか? スウーネと枢機の名前の響きが似ているからだろうか? スウーネの操縦テクニックが群を抜いているらしいからだろうか? 枢機が作っていた戦闘機のプラモデルの中に、零戦も確かにあったからだろうか……?


 だけど、そんなことあるはずがない。あるはずが……。自分に強く言い聞かせているぼくにキリンが言った。


「そいつはおれだってちゃんとわかってるんだ。だがよ、なーんか感じるんだよ。なーんか他人じゃねえ気がしちまってしょうがねえんだよ」


 またキリンの言葉が、どん、と胸を打った。キリンもやはり、言葉にはできない何かを感じているのだ。


「なあ稀よ、この気持ちは一体、どう説明すりゃいいんだ?」


「わからないけど……きっと、気のせいだよ」


「まあ、だな。多分バトル前の緊張と興奮を、願望にすり替えてるってとこだろうな」


「うん、普通にそうなんじゃないかな」


 キリンがかふ、と得意げに鼻を鳴らし、ぼくはにこっと微笑み返す。


「うし、準備完了だ。やっこさんも通知を受け入れたようだ。ぶちかますぞ!」


 ——直後、空が晴天から曇天模様にパッと移り変わり、NQCの声がコクピットに響き渡る。


「アーユー・レディ?」


 ぼくは、操縦レバーをぎゅっと握りしめた——


「ドッグ・ファイト!」

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