1-10 ぼくらの震電vs双胴の悪魔(P-38ライトニング)
まもなくして現れたのは、ちょうど三頭のサメの親子を、親、子、親の順番に並べて翼で串刺しにしたかのような、
『両親』の鼻先に一つずつ付いている合計二枚のプロペラを原動力に、左側上空、キリンの好きな自衛隊式で言うならば、アナログ時計に例えた『10時の方向』の
「お望み通りのレベル5《ファイブ》。パイロットはNQC。名称はアメリカの陸軍機P-38。愛称は『ライトニング』。日本語に訳すと、稲妻、だ」
キリンが得意げに言い終えた、そのタイミングだった。
既に目前まで接近してきていたライトニングが、中央の『子ザメ』の先端に装備されている機関銃を、タタタタタタタッ、と連射しつつ、8時方向の一点へ、一直線に突入してきた。
かと思うと突然ギュンッと身を
銃弾はとっさに震電をグンッと急降下させたからどうにか避けることができたものの、文字通りの間一髪というところだった。
「気を付けろ稀よ。やつの得意技は急接近しながら攻撃してそのまま逃げる、『
「言うの遅いから!」
ぼくは両手で握っている両足間の操縦レバーを思いっ切り引っ張って機体を急旋回させると、それこそサメのように青空を逃げ泳ぐライトニングの追跡を開始した。
しかしどういうわけか、その姿がどこにも見えない。
「消えたっ!?」
「タコ、んなわけねえだろうが。逆光で見えない位置に避難しただけだ。ってなわけで、太陽のある方面へ気を配っておけ」
「……わかった」
緊張するぼくをよそに、キリンがお得意の解説を再開する。
「あのライトニングにはな、リチャード・ボングっていうアメリカの撃墜王も乗ってたんだ。しかも我らが大日本帝国の連合艦隊司令長官であられたかの
「知るわけないでしょ!」
「『双胴の悪魔』、だ」
——見えた。
太陽を背負う格好で急降下してきた、双胴の悪魔。
言われてみると、確かにそのシルエットは、二つの胴体を持った蛇か竜のようにも見える。
再び連射してきた双胴の悪魔ことライトニングの機関銃弾を、今度は機体を急上昇させながら回避したぼくは、そのままジェットコースターのように大きく宙返りさせると一気に加速させ、相手の後ろを取った。
後ろを取る。これこそがドッグファイトの勝敗を決める最重要アクションなのだ。
「取った!」
言いながらぼくは、握っている操縦レバーと一体型の30㎜機関砲の発射トリガーを、上二本の指先でくんっと引きしぼり、機首にある四門の機関砲からダダダダッと銃弾を発射させた。
しかしあろうことか、外してしまったようだ。銃弾が双胴の真ん中をすり抜けたのだ。
「外したっ!?」
ぼくがうろたえている間に、双胴の悪魔は、ブン、とまた視界から姿を消した。
ふがっとキリンが鼻を鳴らした。
「なんせ相手は、スッカスカの『双胴』だからな、弾が当たりにくいんだ。よってロック・オンしたからって安心せずに撃ち続ける。基本だな」
「だから言うの遅いから!」
ぼくの突っ込みがまったく聞こえないかのようにキリンは続ける。
「しかし一つ褒めてやろう稀練習生よ。何を隠そうこの震電の必殺技は、あの双胴の悪魔と同じく、一撃離脱なのだ。と言うとまあ聞こえはいいが? それは裏を返すと、曲技飛行には向いておらんということじゃ。それをあそこまで自在に操るとはのう、そちの腕前もなかなかのものじゃ、近う寄れ」
「って飛行兵から練習生に落ちてるね?! あと後半のしゃべり方なんかおかしいよね?! 寄りたくても寄れないよね?!」
と応える余裕のないぼくの代わりに、ご丁寧にもわざわざぼくの物真似を披露しながらのセルフ突っ込みを展開中のキリンの声を完全にスルーしながら、ぼくはこれまで以上に耳と目に意識を集中させる。
太陽光からのダメージを少しでも減らすべく、可能な限りに両目を細める。震電のそれをかき分けて聴こえてくるエンジン音、草冠のような黒い影——聴こえる。見えた。
「今度こそ……」
——直後だった。
ぼくは双胴の悪魔の繰り出してきた二回めの一撃離脱攻撃を、さっきと同じくジェットコースターのような後方宙返りで避けながら一気に加速し、再度敵の後ろを取ってロック・オンすると同時、今度は相手の撃破を見届けるまで、ダダダダダダダダッ、としっかりと発射トリガーを引き続けた。
数秒後、ボンッ、と片方の主翼を爆発させたその直後、大量の黒煙をモクモクと噴き上げ噴き上げ、P-38ライトニングこと双胴の悪魔が斜めになって墜落を開始する。まず間違いなくその様を見ているだろうキリンが、まるであざ笑うかのようにこふっと鼻を鳴らして言った。
「初戦は『メザシ』だな」
「メザシって?」
「P-38のもう一つの呼び名だ。
「……」
絶対きいてないからね!? 何もかもが遅すぎだったからね!?
ぼくはそう突っ込む代わりに、鼻の頭に浮き出ていた仮想の汗を、仮想の手の甲ですっと拭った。「ユー・ウィン!」というNQCの声を聞きながら。
何はともあれ、勝ったのだ。
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