1-8 ニカ姉《ねえ》ことユニカ先輩
「キリン
キリン邸に上がり、キリンと並んでキリンの部屋へ向かっている途中についぼくは言っていた。無駄に白くて高い天井を見上げながら。
そう、中島キリンの家は、お金持ちなのだ。財閥という言葉が違和感なく当てはまってしまうほどの。だから一台十数万円もするイマジンだって、無駄に二台も持っているのだ。逆に我が
「うらやましいか貧乏人」
「ボンボンうっさい」
ぼくが肩パンを決めると、キリンはそこはかとなく気持ちよさげな顔をした。避けるときもあるから決して好きではないはずなのに、当てたら当てたでこういう顔をするから頭に来る。
「そう言えば、ユニカ先輩は元気なの?」
確か先輩の部屋ってこの辺じゃなかったっけ、とそう思いながら尋ねると、気のせいかキリンはうろたえた様子を見せた——その、次の瞬間だった。
どこからともなく南国の怪鳥のような叫び声、というか笑い声が聞こえてきたと思うと、数歩先のドアが一度ガバッと大きく開いた。
かと思いきや、すぐにすっとギリギリまで閉まったその隙間から、まるで未開の地の部族が付けてでもいるかのような、やけに大きくて縦に長い木彫りのお面を被っている裸足の人が、じっとこっちを窺っている様が見て取れた。
ボサボサだったけれど腰まで伸びている髪の毛と華奢な体型と、スカートを穿いているところからして、女性であることがわかった。これってもしかして……。
「噂のニカ
「あ、うん……」
ぼくらは先輩の方を見ないようにしながら、さりげなさを装ってその前を通り過ぎた——そのとき、先輩が何かをつぶやいている声が聞こえてきた。
「……ネイデル……スー……ザラファ」
思わず振り返ろうとしたぼくに、キリンが怒ったようにささやきかける。
「——馬鹿、見んなって」
ぼくは、見なかった。けれどもそれは、止められたからじゃない。キリンが泣きそうな顔をしていたからだ。
ぼくに見られることを嫌ったんだろう、キリンがサッと顔を背けた。
「……ネイデル……スー……ザラファ」
先輩は今も尚聞き取れない何かをつぶやいている。でもぼくらは決して振り返ることなく、黙ったままに歩き続ける。
その後、チャッという音が後ろから聞こえてきて、ドアが閉まったことがわかった。
横目で見ると、キリンはいよいよ涙を噛み殺そうと、やっきになっていた。必死にばれないようにしているけれど、ふるふると震えるあごの付け根が如実にそのことを物語っている。
ぼくはキリンを見ていないふりをして、ユニカ先輩のことを考えた。今の先輩ではなく、記憶の中にいる、華やかできれいだった頃の先輩のことを。
チャームポイントだった右目の下にある
そんなユニカ先輩があんな風になってしまったのは、やっぱり、帰者であることが関係しているのだろうか?
帰者の多くは、既に問題なく社会復帰済みということだけど、先輩のようになった人もちらほらといるらしいからだ。ああして気がふれたようになってしまった人間が……。
あれこれと気になったものの、尋ねられるはずもない。ましてやキリンは、枢機をさし置く形で、先輩だけが帰ってきたことに引け目を感じてもいるようだから、尚さらのことだ。だからこそこうしてぼくに感情を押し隠そうと、懸命になっているのだ。
もちろん、キリン本来の見栄っ張りな性分のせいもあるだろうけど、でも、ぼくにはほとんど自分のことのようにはっきりとそれがわかった。何せこの男とは、幼稚園からの付き合いなのだ。
ぼくらは黙って歩き続けると、一世帯がギリギリ住めそうなくらいに広々としているキリンの部屋のドアを開けて、中に入った。
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