1-6 幻の戦闘機震電

 帰宅後、あとはもう眠るだけという状態でベッドに寝転んでいるぼくは、クリアケースに入れられて本棚に飾ってある『震電しんでん』のプラモデルをぼんやりと眺めている。


 ドッグ・ファイト! とキリンと、枢機のことをぐるぐると考えながら。


 枢機はプラモ造りの腕までもが一流の男で、まるで見本のようにきれいに造られ、色を塗られているあの1/32スケールの震電も、彼の手によって造られたものだ。枢機とぼくは同じ部屋だったから、今もああやって飾られたままというわけだ。


 そしてキリンが熱心な枢機信者と軍事オタクになったのも、元はと言えば、あの震電がきっかけだったりする。


 もちろん、震電はかつて実在していた戦闘機だ。今もどこかの倉庫か博物館に行けば保管されているに違いない。


 一体どういう戦闘機だったかと言うと、第二次大戦中に、広島と長崎に原爆を投下したと言われているあの有名なアメリカの爆撃機、B-29に対抗して開発された、旧日本海軍用の切り札的な戦闘機だったということだ。


 一般的なものとは違って尾翼びよくが機首部に、そしてプロペラとエンジンが最後尾についているという風変わりな外観が特徴になっている。


 専門用語ではそういう飛行機のことを各々順番に『先尾翼せんびよく』、『プッシャー式』、などと呼ぶらしい。前後ろが逆になっている戦闘機と言えばわかりやすいかもしれない。


 とそういう風に、周囲の期待を一身に受けていた震電なのだけど、残念ながらリアルタイムでは開発が遅れ、実戦に間に合わないどころか、その性能さえをも確かめられないままに終わった幻の機体になるということだ。


 ただ設計上の推算速度は文句なしのナンバーワンで、この戦闘機が間に合ってさえすれば、第二次世界大戦に日本が勝利できたはずだ、とズバリ言い切ってしまう輩までいるとのことだ。キリンのことなんだけど。


 と、そのキリンがこれまでに十数回レベルでしつこく解説を繰り返すから、ぼくもこうして震電にそこそこ詳しくなってしまったほどなのである。


 そしてこれもかれこれ十回は聞かされていることだけど、キリンいわく、小一の夏休みにはじめてぼくの家まで遊びにやって来たそのときに、たまたまこの部屋にいた枢機がちょうど完成させたばかりのあのクリアケースに入れられた震電を、あそこの本棚の中にとっと置いた様を目にしたその瞬間、造り主である枢機共々、一目惚れしてしまったそうだ。


 キリンはものごころついたときから男の兄弟、特に兄の方に憧れていたらしく、それもあってか一瞬で枢機のファンになってしまったということだ。


 あんなにも美人で優しいユニカ先輩がお姉さんにいるっていうのに、ないものねだりとはまさにこのことだろう。と言っても今のユニカ先輩は、昔とはすっかり別人になってしまっているのだけど……。


 そんなことを考えていたせいだろうか、ぼくはいつかのキリンとぼくと、そして枢機のことを、半ば夢見るように思い出しながら眠りに就いた。

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