9 不愛想過ぎて取り付く島もない幹也君
「もう! ホントに祐希先輩に言いつけますよ?」
「やめて、それだけは」
「ははは。勝った! はははは」
「……くう。それで勝ったと思ってるようじゃ、晴夏ちゃんもまだまだですねえ」
「ふ~ん。そんなこと言っていいのかなあ、店長さんがそんな趣味だって知ったら、きっと軽蔑するだろうなあ。祐希先輩」
「ああもう、イメージ崩れた! 晴夏ちゃんだけは分かってくれると思ってたのに、もう嫌い! 晴夏ちゃんなんてもう知らない!」
「店長さん……そんなこと言わないで。あ、今度またミニスカート履いてきましょうか? 好きなだけ見ていいですよ?」
「うそ! マジで? うおぉ」
「ははは! 店長さん、チョロい~ははは」
こんな意味のない攻防を1時間以上続けている店長さんも店長さんだが、晴夏も晴夏だった。
突然ガラッと引き戸が開いて若い男の人が入ってきた。晴夏はびっくりしてその人の顔を見上げた。スマートで背が高いけどちょっと冷たい感じ。黒髪をゆるいパーマで流している。一瞬だけこちらを見た切れ長の眼が晴夏を射抜くように思えた。
「うぃっす」
店長が唇をとんがらせて挨拶した。
「ざっす」
その人は呟くように挨拶を返してそのまま更衣室に消えた。
「あの人だれですか?」
晴夏は小さな声で店長さんに聞いた。
「あれ? あれは幹也君。あ……晴夏ちゃんもうこんな時間だよ。帰らなくていいの?」
晴夏は時間を確認しようとして事務所内をきょろきょろ見回した。デスク上のパソコンの右下隅に時刻が表示されていた。もうすぐ22時。
「あ、私そろそろ……帰ります」
「うん、そうだね。ごめんね、遅くまで引き留めて」
店長さんが優しく促した。更衣室から幹也君が出てきたので晴夏は立ち上がって挨拶した。
「あ、あの、私、今度新しくバイトに入りました……」
晴夏は自己紹介しようとしたが、幹也はわずかに頷いただけでそれっきり顔も合わせてくれなかった。
「あの、麻白です。よろしくお願いします」
晴夏は念を押すように言った。
「ん? ああ、はい……」
幹也はお構いなしにレジカウンターに入っていった。
「あれ、夜勤の方ですか?」
「うん? そうだよ」
「……じゃあ私、そろそろ帰ります、店長さん、お仕事のじゃましてすいませんでした」
「いいえ。お疲れさま。また明日だよね」
「はい……」
晴夏がゆっくりと立ち上がった。
「晴夏ちゃん。何か話したかったんじゃないの?」
晴夏は一瞬考えるような間を置いて、それでも元気よく答えた。
「いえ、大丈夫です。また明日、よろしくお願いします」
晴夏は軽いお辞儀をした。店長さんはストコンに向かったまま、それ以上何も言わなかった。
「失礼します」
それでも少し元気を取り戻したかに見えた。
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