7 さっさと先に帰ってしまう祐希先輩

 「祐希先輩、店長さんと仲いいですねー」

 「まあ……もう長いからね」

 「どれくらいここでバイトしてるんですか?」

 「ここはちょうど一年くらいだけど。私、大学は東京でさ。その時の店長だから」


 店内の各所に配置されたゴミ箱の場所を確認しながら、晴夏は祐希の後をついて回った。次に店頭に出て、分別用に4つ並んでいるゴミ箱。駐車場の入り口付近にも4つ。喫煙コーナーにも4つあった。


 「あの……優しいですよね、店長さん。話しやすいし」

 「ああいうのはね、甘いって言うのよ……ここは灰皿の吸い殻もチェックしてね。可燃ごみに混ぜちゃっていいから」

 「はい。でも羨ましいです。私も出来れば……仲良くなりたいです」


 外から店の裏側へ回ると金網で囲まれた収集所があった。外はもう真っ暗で寒い。祐希が外壁に備え付けてある蛍光灯のスイッチを点けた。


 「出したゴミは全部この中に積んどいてください」

 「あ、はい……あの、分別しなくいいんですか?」

 「ああ、大丈夫よ。そのままで。これね、市のゴミ収集に出すんじゃないから」

 「ああ、そうなんですか」

 「じゃ、終わったら鍵戻しといてね。あと、その電気消すの忘れないでよ」

 「あ……はい」


 説明だけ終えると祐希は立ち去ろうとした。だが思い出したように振り返って言った。


 「店長は気に入ってるみたいだし、心配しなくていいんじゃない?」


 暗くて祐希の表情は見えなかった。晴夏はまず喫煙所のゴミを集めた。扉を開いてゴミ箱を取り出し、溜まったゴミを袋ごと引っ張り出そうとしたが意外にうまく抜けなかった。晴夏はゴミ箱を脚で押さえながら袋の口を両手で思いっきり引っ張った、重い。何とか引き抜けたが少し中のゴミが散乱してしまった。それを拾って袋の口を縛る。


 「ふう」


 一往復では持ち切れなかった。


 「祐希先輩、ゴミ終わりました」

 「ちゃんと鍵閉めた?」

 「はい」

 「鍵は元の場所に戻した?」

 「はい」

 「電気消した?」

 「あ」


 晴夏は収集所の蛍光灯を点けっぱなしで戻ってきてしまった。


 「ごめんなさい……消してきます」


 事務所に戻ると祐希はもう私服に着替えていた。


 「いいわよ。じゃ次は部屋掃除してきて」

 「部屋ですか?」

 「トイレのこと。お店にいるときはトイレのことは部屋って呼ぶの。いい?」

 「あ……はい。分かりました」


 晴夏はそのまま少しだけ立ったまま待ったが祐希はそれ以上何も言わない。


 「行ってきます」


 晴夏は祐希の背中に告げた。


 アーバン押井川リージョンモール西店のトイレは左に男性用、右に女性用の2つ部屋があって、その入り口に鏡の付いた手洗い場が2つ並んでいる。コンビニにしては豪華というか、立派な設備だと晴夏は思った。

 最初、晴夏は各室の便器と手洗い場の鏡や水道周りを一通り掃除した。やったと言えばやったけど……晴夏はもう一度女性用の室内に入って一度ぐるりと見回した。よく見れば壁と床のつなぎ目のところが少し黒く汚れているし、便器の奥側から壁に繋がっている金属のパイプは埃を被っている。天井は……換気口に埃。


 「うん」


 晴夏は部屋の中で一人気合を入れた。どうせなら徹底的にやろう。晴夏は一度清掃道具が置いてあるバックヤードに戻った。埃を取るハンディモップと雑巾とバケツ。それに手の届かない場所を拭くには……晴夏は踏み台になるようなものがないかバックヤードを見回した。在庫が並ぶ通路の壁に脚立を見つけた。道具を運び込んで一心不乱に室内を拭き上げていると、祐希が覗き込んだ。


 「麻白さんまだやってんの? 私もう帰るから、終わったら店長に言って」

 「あ……はい」

 「じゃね」

 「あ、お疲れさまでした……」


 晴夏は両手にビニールの手袋をはめ、雑巾を持ったまま祐希のほうを向いた。


 「今日は色々教えていただいて、ありがとうございました。それに、色々お話しできて嬉しかったです……」


 晴夏は心の中でそう続けた。しかしそれは祐希が扉を閉めた後だった。晴夏は急に自分がこの密閉された部屋の中に一人ぽつんと取り残されているような気分になった。ピカピカにして驚かせたかったのに。一瞬立ち尽くして手に持った雑巾を見つめた。ふうと短い息を吐いて、晴夏はまた壁を拭き続けた。

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