3 強引に金を渡す店長さん
「あの、ごめんなさい」
祐希が事務所を出て行くと晴夏がしょげた声で謝った。店長さんは目を細めて笑顔を作りながら首を横に振った。
「いや、別に晴夏ちゃんのせいじゃないし。ここ座って」
晴夏は面接に来た時と同じように店長さんのそばに座った。
「祐希先輩怒らせちゃいましたね」
「あ、いいのいいの。いつものことだから」
そう言いながら店長さんは目の前に否応なくさらけ出された晴夏の膝辺りに目線を落として照れるようにふふんと一人笑いした。
「祐希先輩って、もしかして社員さんとかですか?」
「いや? アルバイトだよ。なんで?」
「いえ……店長さんにもはっきり意見を言えるなんて、すごいなあって」
「はは、まあね」
「でも、最初の印象と少し違うかも……すごく綺麗で素敵な人だなあって、実はちょっと憧れてたんですけど」
「だいたいその印象で合ってると思うけど。心配しなくても、あいつが文句言うの、俺にだけだから」
店長さんはむしろ嬉しそうに言った。晴夏はそんな店長さんを見ていると祐希の気持ちが少し分かるような気がした。
「ふふ……店長さん、ちょっと、見過ぎです」
「え? あ、ああ……すいません」
「いえ。別にいいんですけど、ちょっと恥ずかしいです」
「あ、は~い」
店長さんはわざとらしく拗ねるような顔をしてデスクのほうに向き直ってパソコンを開いた。
「晴夏ちゃん」
「はい」
「ま、俺的にはめっちゃ嬉しいんだけどさ、そのコスプレ」
「コスプレじゃないです!」
晴夏は笑顔で突っ込みながらも、スカートの上に置いていた両手を膝上に移した。
「実はさ……服装のこと言い忘れたと思って面接のあと携帯に電話したんだけど」
「あ……」
「あれ、携帯止まってるよね」
晴夏はパソコンを操作している店長さんを縋るような上目遣いで見た。
「……ごめんなさい」
「や、もしかして、けっこうお金困ってたり?」
「あ、あの、私……」
「でもその……とりあえず、祐希の言う通り、やっぱその恰好じゃちょっとまずいかな」
晴夏はあらためて確かめるように俯いて自分の膝を見つめた。
「あの、店長さん……ごめんなさい。私、母の所に全部置きっぱなしで……でも、どうしてもお父さんに言えなかったんです……ごめんなさい」
晴夏は自分でも説明をはしょり過ぎていると思った。でも、それを言葉にしようと思うだけで目が潤んでくる。できれば口にしたくなかった。
「あの、実は……私」
「じゃこれ」
店長さんがつっけんどんな声で遮った。晴夏は顔を上げた。店長さんはデスクから黒の折り財布を出して万券を2枚抜いた。
「晴夏ちゃん、とりあえずこれでバイト用の服買ってきてよ。ね?」
差し出されたお金を見た晴夏は一瞬唇を半開きにして固まった。
「え……え、でも」
「別にあげるんじゃないよ。給料が入るまで貸しとくから。ついでに携帯も払っといて。連絡付かないと困るし」
「でも、そんなお金……」
「でもじゃないの!」
店長さんは晴夏の右手を掴んで強引に札を握らせた。
「とにかく、その恰好じゃ仕事できないし」
晴夏は受け取った万券を少し見つめて、思い切ったように顔を上げてまっすぐ店長さんを見た。
「実は私……あの、私の家……」
「酒屋なんでしょ? 面接の時言ってたじゃん」
「いえ、そうじゃなくて……」
店長さんは小刻みに顔を横に振った。
「いいよ別に……そんなこと関係ないし? 俺は晴夏ちゃんがここで働いてくれたらそれでいいから」
店長さんはにっと笑顔を作った。晴夏はしばらく戸惑っていたが、結局諦めたように笑顔を返した。
「今契約書プリントするから。お父さんにサインもらって。それは大丈夫って言ってたよね?」
「あ、はい。それは、大丈夫です」
「よし! じゃ今日はもう帰れ。準備できたら電話ちょうだい。いい?」
晴夏は立ち上がったが、パソコンに向かっている店長さんを少し見つめていた。そしてお金を握りしめたまますごすごと更衣室に入った。支度を終えるともう一度店長さんの前に立った。
「店長さん。ありがとうございます……会ったばかりなのに。絶対返します。私、バイト頑張ります」
「うん」
店長さんはクリアファイルに挟んだ契約用紙を晴夏に持たせた。
「私、良かったです。ここで働けることになって」
「そう?」
「はい。思い切って応募して良かったです」
「うん。面接の時も相当思い切ってたもんな。思い出しただけで……ぷは、笑える」
「あー! もうそれ言わないでくださいよ!」
「やだ、言う」
「もう! いい人だと思ったのに。やっぱ店長さん性格悪いですね」
「あ。そんなこと言っていいのかな? やー面白かったなあ。必死です! お金です! なんつって」
「ああああ、やめてください!」
晴夏は照れながら右手を振り上げて店長さんを叩く素振りをした。やっと笑顔に戻った。
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