2 呆れて詰め寄る祐希先輩

 晴夏は視点が定まらないような目をして、喜んでいるのか安心したのか肩で息をしている。


 「大丈夫? 晴夏ちゃん」

 「はい……大丈夫です」

 「うん、少し落ち着いて……いいよ待ってるから」

 「いえぜんぜん……大丈夫です。私……本当にこのお店で働きたいって思ってたんです。でもまだ高校生だし本当に採用なんて、たぶん絶対無理だって思ってる気持ちもあって……ほんとに、採用って言ってもらえて……えへ、ごめんなさい」


 晴夏は自分でそう言っているうちに瞳が潤んできたのを感じて照れ笑いした。店長さんは今日一番の優しい笑顔で頷いてくれた。

 面接が終わって『OFFICE』の扉の前で晴夏は深々と礼をした。そのまま店を出ようとした晴夏は思い出したように振り返ってレジのほうを見た。カウンターの内側にいるのはさっきと同じ二人の若い店員さんだけだった。晴夏は店から出るのをやめてもう一度売り場を回った。商品棚に向かって作業している『なかね』さんを見つけて晴夏は思わず笑顔になった。


 「あの、すいません」

 「ああ、あなたさっきの」

 「お仕事のおじゃましてすいません。先ほどはあの、ありがとうございました」

 「面接……今終わったの?」

 「はい。それで、おかげさまで、ここで働けることになりました」

 「もう決まったの?」

 「はい! 日曜から来ます」

 「へえ、店長が即決するなんて珍しいね……良かったね」

 「はい! ありがとうございます。なかね、さん」

 「中根祐希よ、よろしくね」

 「祐希先輩……はい! よろしくお願いします!」


 晴夏の弾けるような笑顔に釣られて祐希が微笑み返すと晴夏は勢いよくお辞儀をした。肩口で揃えた髪がはらりと舞った。


 日曜、晴夏は少し余裕をもって15分前くらいに店に着いた。まっすぐレジに向かって若い女性の店員さんに挨拶した。


 「すいません、今日からアルバイトすることになりました、麻白と言います」

 「ああ」


 店員さんは晴夏を残したままカウンターの左奥に見える引き戸をガラッと開けて消えた。晴夏はそのままレジの前に立っていた。すぐに店長さんが出て来たので近付くとカウンターの左端に出入りできる板みたいな扉が付いていて、店長さんがそれを開けてくれた。


 「おっはよ、晴夏ちゃん。ここから入って~」


 入るとすぐに面接を受けた事務所だった。あの時は店の奥から回ったのですごく奥まった場所のように感じたが、カウンター内を通ればすぐだった。


 「え~っと、じゃとりあえずこれ着て。名札は後で作るから今はこれ付けといてね」


 店長さんはロゴ入りジャンパーといっしょに『研修中』とだけ書かれたバッジを晴夏に渡した。


 「そこが更衣室になってるから。荷物とか中に適当に置いといて」

 「はい」


 カーテンで仕切られた手狭なスペースに鏡が備えてある。数人が手荷物を置けるくらいの簡易な棚があったがそこはすでに他の人の荷物で埋まっていた。晴夏は持っていたバッグを棚の前の床に置いた。着ていたダッフルコートの前を外して、空いているハンガーを借りて掛けた。ロゴ入りジャンパーのファスナーを上げバッジを付けた。

 出ると店長さんはデスクの前に座って待っていた。面接のときと同じようにもう一つの椅子が店長さんと向き合うように置いてある。


 「おお~」


 店長さんが晴夏の立ち姿を顔から脚へと順繰りに見定めながら低く唸った。


 「晴夏ちゃん。それ学校の制服?」


 明らかにそれと分かる濃紺の短いスカート。太もも辺りまで露わになっている。白いスニーカーから少しだけソックスがはみ出している。今どきの高校生には珍しくもないが、上半身が規定のジャンパーだと脚だけが余計に強調されて見える。


 「これじゃダメですか?」

 「や、ダメっていうか……」


 店長さんは言い淀んだ。晴夏はその場に立ったまま上体だけ左右にくねらせてスカートの裾からどのくらい脚が見えているか確かめるような仕草をした。店長さんの視線はもはや悪びれる風もなく晴夏の脚に刺さっている。晴夏は「めっ」と唇だけ動かして少し上目遣いに睨んで、すぐに悪戯っぽく笑った。


 「うん。ダメじゃない。それいい! やったーー! いいよー、それすごくいい」

 「いいわけないでしょ!」


 急に晴夏の背後から声がした。驚いて振り返るとそれは祐希だった。晴夏は一瞬ドキッとした。


 「お、おはようございます! 祐希先輩!」


 しかし祐希は表情も変えずに晴夏を一瞥しただけで挨拶も返してくれなかった。そのまま脇を通り過ぎて店長さんに向かって立ちはだかった祐希に、店長さんは両手で自分を庇うようにして身を縮めている。


 「ダメに決まってるじゃない! あんな短いスカートでバイトできるわけないでしょ!」

 「いや、違う、俺はただその恰好が個人的にいいって言っただけで……ああ、ごめんなさい~」


 通るはずもない言い訳をする店長さんに祐希は徐々に間を詰めて迫った。


 「だってー、面接の時に言うの忘れちゃったんだよ、しょうがないじゃん。今日だけ、今日だけ許してください、祐希様~」

 「はあ? 何年店長やってんだよ、ったく」

 「だってさ~面接の晴夏ちゃんすごかったんだも~ん。インパクトが強すぎて……いや、あれは久々に笑った」

 「ちっ」


 祐希は聞こえるようにはっきりと舌打ちして晴夏に向き直った。晴夏はすでに怯えて立ち尽くしている。


 「麻白さん、そんな服装じゃ仕事になんないから。そこに服装の規定が貼ってあるから確認しておいて」


 晴夏は祐希の迫力から逃れるように壁の掲示物に寄った。


 「とにかく私もう知らないから。やっぱ指導は店長がやってよ」

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