当たり前が当たり前じゃない世界 2
「年中子づくり!?」
「違うのか?
あの兄ちゃ、いや姉ちゃ……あー、めんどくせえから外見で呼ぶぞ。
あの兄ちゃんが言ってたぞ。
『自分達の世界の男はヤろうと思えば毎日がハッスルファイヤーで発射オーライだ』って。
それってつまり射精の事だろ?」
「言い方!」
あまりにもあんまりな語彙力に、思わずこの場にいない先輩に対してツッコミを入れてしまう。
恥じらいのカケラもない雑な説明に力が抜けた。
頭を抱える俺に先生が追い打ちをかける。
「で、あれだ。
女の方は各々毎月決まった時期に子種を受け入れたら子供ができんだろ?
夏でも冬でも赤ん坊が生まれるなんて世話が大変そうだな、お前らの世界って」
「こ、この世界は違うんですか?」
「違うなぁ。
こっちじゃあ秋に子作りして、春に生まれる。
場所によっちゃあ時期が違うが、子作りは年に一回するかしないかだな」
「それって、その、アレが年に一回?」
「アレって射精行為のことか? そりゃそうだろ。秋にしか子種は出来ねえんだから」
いや、そんな当たり前の様に言われても。っていうか射精行為ってあからさま過ぎるな。
つまりはオレ達の世界みたいに快楽目的で性行為をしないってことなんだろうけど。ここでは人間の三大欲求は二大欲求なのか? それとも他に性欲に代わるものが三つ目になっているのかもしれない。
「ちなみに今の季節って」
「春も終わりに近いな。あと一ヶ月もすりゃあ夏だ」
ちなみにこの世界の一年は十二か月でオレ達の世界と変わりはないらしい。
共通点と非共通点の情報を一度に詰め込まれて混乱しそうになるが、男として聞きたい事があったから先生に思い切って問いかけた。
「あの、例えばですけど。
すっごい好みの女性がいた時とか、秋以外の季節でもそのこ、こ、子作りしたいなぁとか思わないんですか?」
「ねえなぁ。やりたくても勃起しねえし」
「うわああああ……」
一応今の俺の外見は女子なんだからそうさらっと勃起とか言わないで欲しい。医者だからか表現が直接的だな、この先生。
「あの兄ちゃんもこの話をしたら驚いてたぞ。
でも『安心した』とも言ってたな。
『夜に色々試したり、結構なラッキースケベに遭遇しても下半身が無反応だったけど、それは心が女子だからとか身体の不調が原因じゃなかったんですね!』だと」
試した!? ラッキースケベって、もしかして今朝の俺が先輩の顔面に胸を押し当ててしまったアレか!?
……先輩、何考えてるんだ。
そりゃあ、俺だってもし男の時に先輩の胸が顔面に衝突して来たら、下半身が全く反応しないとは断言できない。
でもだからって、まさかこの世界にきて一晩しか経っていないのにもう自分の勃起不全で病院に駆け込むって……。
もっと大事な事があるだろ!
内心で先輩の行動にツッコミを入れる。そんな俺に先生が呆れた表情で付け加えた。
「大体、お前さん達どう見てもまだ十代だろ。
だったら、そもそもまだ身体が出来上がってねえから勃起もクソもねえぞ。
平均して二十過ぎた頃から男も女も子作り出来るようになるのが、こっちの常識だ」
「えええええ……」
あまりにも自分達の常識と異なるこの世界の常識を語る先生に、もう意味のある言葉が口から出なくなる。
「あの兄ちゃんにもそう言ったら『つまり私の股間がエレクトリカルなパレードを起こすのは不可能ってことですか!?』って叫ばれてよ。
そこにお前さんが現れたわけだ」
な、なるほど。
って、え? そこでそんなに動揺するってことは、先輩…………まさか、ヤりたかった、のか?
「色んな意味でアグレッシブ過ぎる!」
もう頭を抱えるだけじゃ足りなくて、蹲りたくなる。
だけどそこへ、
「依澄君依澄君!
急患の人が来たから診察室と先生を空けてもらってもいいかなっ」
珍しく切迫した様子の先輩の声が暖簾の向こうから投げかけられ、俺は反射的に椅子から立ち上がった。
患者が来たならすぐにこの場を空けなければ。
「先生、色々ありがとうございました!」
「あいよ」
頭を下げた俺にひらひらと手を振る先生に背中を向け、大急ぎで診察室から出る。
するとそこには先輩とミアナさんの他に、一組の男女がいた。黄緑色の髪を無造作に伸ばして一つに結んでいる長身の若い男は真っ赤なシャツに黄色のベストと黒いズボン姿で、正直目が痛い。もう片方は同年代の女の子で、地面から一メートル位の高さに浮いている楕円形の白い板に腰掛けるように座っていた。腰まである濃い青色の髪を丁寧に編み込んだその子の恰好は、一言でいうと『ゲームに出てくる踊り子みたい』だった。露出度が高くて、ひらひらした飾り布を肩からかけている。
青褪めた表情に一瞬病気かと思ったけど、どうやら怪我らしい。
「おう、どうした」
暖簾を片手で上げた先生が男女に問いかけると、男の方が女の子の左足首を指さした。うっ、痛そう。白くて綺麗な足が、そこだけ赤黒くなっている。
「練習の後、舞台から降りる時にハシゴ踏み外しちまった。
どうやら派手に捻っちまったみたいなんだわ」
「…………」
男の説明に女の子がこくりと頷く。
「どれ」
何故か先生は診察室に案内せず、女の子の側に跪くと患部である左足首に手をかざした。
「……あー、こりゃ骨にヒビが入ってるな」
「あちゃあ~」
先生の診断に男が天を仰ぐ。
女の子は無言のまま瞳に涙を溜めた。
それを見た男が慌てて女の子の頭を撫でる。
「ごめんごめん、シャリンちゃん。
でも、意地張らないでここきて正解だっただろ。
この足じゃあ踊るのは無理だって」
「ご、ごめ……ごめんなさい」
「謝らなくていいって。
それよりほら、早く治療してもらいな。
痛いだろ、な?
こっちは何とかなるから、な?」
な? な? と言いながら男がシャリンという名前らしい女の子の背中を押すと、浮遊していた楕円形の板が診察室へと進む。
こんな状況だけど(あれ便利だな)とつい白い板を見てしまう。
そのまま先生と女の子が診察室に消えるまで見送っていると、派手な恰好の男がこちらに片手を上げた。
「いや~、申し訳ない。
診察の途中で割り込んじまって」
「あっ、大丈夫です。
話してただけで、治療とかしてもらってたわけじゃないんで」
両手を振ると男が力なく笑った。
「そっか。ならいいけど」
それから細く長い溜め息を吐いた。
「あ~、どうすっかな……」
ガリガリと頭を掻く男に、それまで静かだった先輩が口を開いた。
「――もしかして、シャリンちゃんは何かの公演に出る予定だったんですか?」
「うん。そう」
大当たり~、とぺそぺそ力ない拍手をする男。
まぁ、さっきのやりとりを見れば大体察せられる。俺もそうだと思った。
「三日後の定期公演に新しい踊りを披露するからって張り切ってたんだけど……。張り切り過ぎて本番前の練習終わった後、舞台から降りる時に力が抜けたらしくってさ。
……まぁあの高さから落ちてあの程度のケガで済んだのは、シャリンちゃんの反射神経がよかったからだろうなぁ」
一体どれくらいの高さから落ちたんだ。
男の説明に自分が高所から落ちた様な錯覚に陥って、意味もなく腹の底が恐怖で竦む。ひゅんって擬音が腹から出そうだ。
「シャリンちゃんが抜けちゃうと公演自体が不可能なんですか?」
重ねての先輩の問いに、男は首を左右に振った。
「他にも何人か出演するから、公演は可能さ。
だけど、シャリンちゃんは一番人気じゃないか」
当然の様に言い、そこで男は不思議に思ったらしい。先輩の顔をまじまじと見つめた。
「君、シャリンちゃんを知らないってことは、もしかしてこの街の人間じゃないの?」
「そうですそうです。私と依澄君は違うせ――」
「もっ、ものすごい辺境からきました!
それはもう辺境過ぎて、この街では常識な事がわからないくらい辺境から!」
だからそうポンポンポンポン気軽に正体を明かさないで下さいよ、先輩!
「あ、そうなの」
俺の言葉にあっさり納得した男だけど、すぐにまた困ったように頭を掻きはじめた。
「まぁ、シャリンちゃんが出られないのはしょうがないとして。
参ったな~、すぐにつかまる代役が思いつかない」
踊り子なしの演奏で誤魔化すか、いやでも先に曲だけ客に聞かせるのはまずいか新曲だし、とブツブツ呟く男。
完全に俺達の存在が忘れさられている。
「あのあの」
そんな男に、
「もしよかったら、私達が出ましょうか?」
先輩がとんでもない提案を口走った。
喜楽な彼女と哀怒(あいど)るな俺 蛍光塔 @keikoutou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。喜楽な彼女と哀怒(あいど)るな俺の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます