迷子は解決 疑問は保留 衝撃で突撃

「本当にごめんなさいイズミちゃん。すぐに気付かなくて~」

「俺の方こそすみません。面倒かけて」

 もう何度目になるかわからないやり取りをしながら足を進める。

 ミアナさんは俺の右隣に並んで歩き、その左手はしっかりと俺の右手を握っていた。

 柔らかくて温かい手だけど、恥ずかしがって逃げようとした俺を逃がさないとばかりに握力がそれなりにかけられている。だから少し連行されている気分になっているのは、ミアナさんには秘密だ。

 迷子防止策をとられる様なドジをした俺の自業自得だと諦めて、手をつないだまま目的地である診療所に向かう。

 道を急ぐのは俺とミアナさんの二人だけ。

 先輩は既に診療所にいるらしい。



 ――あの迷子放送からしばらくして、ミアナさん一人がテルセラの露店に現れた。

 走って来たのか軽く息を乱したミアナさんが俺を見て安心した様に笑った時、何故かその場に居続けてた三人組が「巫女さんだ」「巫女さんッス」「巫っ女巫女!」と嬉しそうに騒いでまたモヒカ――第7地区の自治会長に頭を順序良く小突かれたのが印象的だった。

 どうやらミアナさんが着ている薄青のワンピースは一種の職業服で、社で働く女性の制服みたいなものらしい。それで三人組がはしゃいだのかと納得した。

 俺と妹たちが神社でバイトする巫女姿の先輩を見た時に「巫女さんだ!」と意味もなくテンションが上がったのと同じノリだ。

 まぁそんな事はどうでもよかった。

 それよりもミアナさん一人で先輩の姿がない事が不思議で尋ねると、

『ナギサは先に診療所に連れて行ったわ。

「その方が都合がいい」ってナギサに頼まれてね。

 だから迎えに来るのが遅くなっちゃったの。ごめんなさい』

『いえ、遅かったなんて思ってません。むしろ、はぐれてすみませんでした』

 理由の説明と同時に謝られて、慌てて迷子になった事に対して頭を下げた。

 そんなやりとりをする俺とミアナさんの横で自治会長は再度放送を開始し、『先程の迷子は無事合流できました』と俺の顔面が熱くなる内容を辺りに響かせた。まさか事後報告まで放送するとは思わなくて止めそびれている間に放送は終わり、その後自治会長に『お前は色々と気をつけろ』と注意された。だから『もうはぐれない様に気を付けます』と返したら『もう一つあるだろ』と軽く頭にチョップをくらった。でも全然痛くなかった。

『野郎はみんな単細胞なんだ。あんなホイホイしがみついてたら誤解されるぞ』

 呆れた様に腕を組みながら説教をした自治会長に再度『気を付けます』と謝れば、ニヤリとチビッ子がビビりそうな笑顔が浮かべられた。

『わかりゃいいんだ』

 そう言うと自治会長は『迎えが来たし、もういいだろ』と言って、止める間もなくあっさりと人の流れに戻っていった。

『俺らも行こうぜ』

『ッス。一件落着ッス』

『じゃあね、カミーマちゃん。合流できてよかったね』

 三人組も自治会長の後を追うように俺とミアナさんに声をかけてからこの場から去ってしまった。

『え、あっ、ちょっ』

 あっという間にいなくなった4人に向かって意味もなく俺の手が伸びる。待っている間にもちろん感謝の言葉は告げたけど、最後にもう一回言いたかったのに。

 だけど、俺の手は誰一人として捕まえられないまま空を掴むだけだった。

 代わりにミアナさんが伸ばした俺の手を握り、

『じゃあイズミちゃん。

 改めて出発しましょう~』

 と有無を言わさぬ強さを維持したまま、俺に微笑みかけた。



「大丈夫よイズミちゃん。そんなに気にしなくても。

 私を待っている間にちゃんとお礼は言ったんでしょ?

 ならそれで充分よ~」

「だといいんですけど。

 このテルセラって食べ物まで奢ってもらっちゃったんで、申し訳ないというか」

「いいじゃない。それもちゃんともらった時にお礼言ったんなら平気よ~」

「そう、ですかね」

 ミアナさんに握られていない左手には、自治会長が露店のおばさんから受け取ったテルセラを握ったままだ。

 ホットケーキの生地をクレープみたいに丸めた生地はほのかに温かく、甘い匂いがする。白い大きな葉が紙代わりにテルセラを包んでいて、手を汚さずに持てるのに少し驚いた。何か縁日の屋台にでも出店してそうだな。テルセラ。

 一口食べてみたけど、予想に違わずふわふわの生地の甘さが口の中に広がって美味い。

 だけどまだ朝飯が消化しきれてないから二口目に突入できず、持ったまま移動していた。『甘い物は別腹』というのは純粋な女子にしか適応されないのかもしれない。

 それにしても、本当に祭りみたいだな。

 手を握られているからはぐれる心配がないせいか、さっきより周囲の様子を探れるようになったのはいいけど、油断すると雰囲気に飲まれそうだ。

 あちこちにある露店は洒落抜きで縁日の屋台そのものだ。俺がもらったテルセラの他にも棒にささった飴っぽい菓子や何かの肉を串焼きにしている店など、食べ物を出しているところが多い。装飾品や工芸品を並べる店も時折あって楽しそうに客と店の人が話しながら商品を手に取っていた。

 そういえば、この世界の貨幣ってどうなっているんだろう?

 ファンタジー関連だと紙幣より硬貨で金銀銅なイメージだけど。そもそもこの世界の鉱物に金銀銅があるのか?

 どんなお金が使用されているのか気になって店の会計の瞬間を見ようとしたけど、商品を受け取った客が店の人の広げた手の平に手を乗せているのは見えても、角度の所為か肝心の貨幣は上手く見る事が出来ない。

 自治会長も何時の間にか露店のおばさんからテルセラを受け取ってたから、会計の瞬間は見れていない。

 多分あまり大きい硬貨じゃないんだろう。手が影になって見えなかったんだな。

 そう考えているとあちこちキョロキョロする俺を見かねてミアナさんが声をかけてきた。

「イズミちゃん?

 何か気になるのがあったかしら」

「あ、えっと。お店の様子が気になって」

 が、この場で金勘定の話をするのはどうかと思いとっさに誤魔化してしまった。

 もちろん一般常識として仕入れるべき情報なのは理解してる。

 だけど道案内をしてもらっている途中で横道に逸れる様な質問はしない方がいい気がした。

 それにもしかしたら先輩が昨夜その辺りの話を聞き済みかもしれない。そうだったら、ミアナさんにとって説明の二度手間だ。

 ただでさえ面倒をかけているんだから、なるべくそういう説明を何度もさせるのは忍びない。


 診療所にいる先輩と合流したら、改めてこの世界についてどれだけ情報を得ているのか聞いてみよう。


 そう心に決めている間に、ミアナさんの足が止まった。

「到着~」

 露店が並ぶ大きな通りから一本外れた道の角。芝生の様に刈りこまれた草に覆われた敷地の中央に位置する正方形の白い石で造られた建物。パッと見四階建てみたいだ。

 入り口をすっぽり覆う巨大な暖簾は赤と白の二色の太い縞模様で構成されている。入り口の隣には木製の看板があったけど、読めなかった。どうやら会話は理解できても文字は翻訳されないらしい。まぁ会話が理解できるだけありがたいんだから、それ以上望むのは贅沢だろう。

「ここが私の知り合いがいる診療所よ」

 ミアナさんが右手で診療所を示し、するりとつないでいた手が離される。

「さぁさぁ入りましょう。

 ナギサも話が終わって待っているかもしれないわ」

 すたすたと先導し、暖簾を上げたミアナさんが俺に向かっておいでおいでと手招く。

「お邪魔します」

 ミアナさんが上げてくれた暖簾をくぐると、そこには階段以外何もなかった。

「へ!?」

 家具も装飾品も一切ない。

 壁と同じ建材で造られた階段が入口の正面にあるだけ。そういえば、俺達がこの町に降り立った際に利用した建物も、一階部分はこんな感じだった。

 あの時は一種の滑走路みたいな役割の建物だったからあまり気にならなかったけど、もしかしたらこの町の建物の一階部分はどこもこんな風に何も置かれていないのか?

「どうしたの?

 さあ上がって上がって~」

「は、はい」

 思わず足を止めて考えていたら、後ろから促されて目の前にある階段を上る。

 上りながら、振り返ってミアナさんに浮かんだ疑問について尋ねた。

「ミアナさん。

 なんで一階には何もないんですか?」

「ん~。……昔からの風習みたいなものね。

 大昔はこの辺りはよく洪水が起こってたから、建物は高く建てて上の階で生活するの。低層階は水の通り道として利用してたから少なくとも一階に物を置く習慣がないのよ。

 今はほとんど洪水なんて起きないからもう名残みたいなものだけど」

 だから入り口や壁に扉や窓の代わりに暖簾がかけられているのか。布なら木や石で出来た扉やガラス窓と違って水を通しやすい。防犯性は低そうだけど、町の様子を見る限り治安は良さそうだし。

「あれ、でも露店は? 思いっきり地面の上ですよね」

「あれはすぐ片付けられるから。

 いざとなったら露店の床板を風精ちゃんに頼んで浮かせたり、水精ちゃんに頼んで水の上で安定させたり出来るもの」

 露店の方が自然災害に対して安全性が高いってことか。俺の認識では逆なんだけどさすがは異世界だ。店が浮くって想像しにくいけど、それは洪水も同じだ。空から見えた川が氾濫してたってことかと思うけど、ここまで水が来てたのか。

「洪水ですか」

「昔の話だけどね」

 そんな会話を交わす内に階段を上り終えて、二階に到着する。

 そこは待合室の様で石で出来た長椅子が三つ並んでいた。待っている人は誰もいない。先輩もいない。

 でも奥の方から声がした。くぐもっていて内容は分からない。声のする方に視線を向けると入り口に重厚な臙脂の布がかけられた部屋があった。

 あそこが診察室か。

「まだお話は続いているみたいね」

「じゃあ待ってましょうか」

「ん~。別に入ってもいいと思うわよ。

 イズミちゃんも心配してただろうし」

「いや、でも」

 俺がいない方が『都合がいい』から、先に診療所に行ってたんだ。

 言い換えれば俺に聞かれたくない相談をこの診療所の医師にしている途中かもしれない。

 でも、医師に相談って……。まさか。身体の何処かに異常があるのか!?

「あの、先輩はミアナさんにも同じ相談をしたんでしょうか?」

「多分されていないと思うわ。

『女性に聞くのはになっちゃうから』って。

 だからここにいる知り合い――男の医者を紹介したの。

 ねえイズミちゃん。せくはらってなぁに?」

「セクハラになる?」

 どうやら俺が危惧した、先輩の身体に異常があるわけじゃあないらしい。

 まぁ性別が逆転した時点で異常がありまくりだけど、それは今更だ。

 それよりも、男になった先輩がミアナさんに言ったらセクハラになる質問って一体――?

 と、診察室前の暖簾の前で考え込んでいたら、

「つまり私の股間がエレクトリカルなパレードを起こすのは不可能ってことですか!?」

「女の子が何とんでもないこと口走ってんですかぁぁぁっ!!」

 先輩の絶叫が暖簾を突き破って待合室に響き渡り、そのあまりにあまりな内容の叫びを聞いた俺の右手が勝手に暖簾を広げ、力の限りのツッコミと共に身体を待合室に飛び込ませていた。

 

 

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