この歳になってまさかの
この歳になって迷子になってしまい思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまったが、周りの視線に気付いて慌てて立ち上がる。
そのままそそくさとチビッ子とぶつかった建物の角に移動して壁に寄りかかった。背負ったリュックがクッション代わりになるかと思ったけど中身が固いから普通に痛い。すぐ隣は露店らしく甘い匂いが鼻をくすぐるが、はぐれてしまった焦りからその正体を突き止めようとする気も起きない。
「……はぁ」
一息つくつもりが盛大な溜め息になってしまう。
バクバクと心臓が無駄に全身に血液を送って、無駄に上がりそうな体温を下げる様に冷汗が流れる。
落ち着け。
こういう時、無駄に動き回った方が合流できなくなる。
俺がいない事に気付いた二人が元来た道に戻ってくれれば、すぐに再会できるはずだ。時折、珍しそうに俺を見る通行人の視線を感じるが、それは感じなかったことにしてひたすら迎えを待つ。
「しまった……」
せめて行先である診療所の名前を聞くべきだった、と今更ながらに後悔する。駄目元で水精に尋ねようかとも思ったが、気がつけばあの青く光る玉達も姿を消していて周囲には見当たらない。
油断しているとまた頭を抱えてしまいそうになり、必死になって耐えた。すっかりミアナさんに頼り切って甘えまくっていた事も再度自覚して、羞恥が身体の中でうねりまくっている。
先輩とミアナさんがいるからって、本来持続させるべき危機感が足りなかったんだ。
ここは異世界で、日本じゃない。
もっと、細いロープの上を歩くような慎重さを持つべきだった。
「……ちゃん、お嬢ちゃん」
それにしても、男子になった先輩はともかくミアナさんもどれだけ足が速いんだ。
というか、そろそろ俺がいない事に気付いてくれないだろうか。
「おい、お嬢ちゃん」
こういう時、携帯があればすぐに連絡がとれるのに。だけど俺は元の世界に落っことしてるし先輩のは故障中だ。って、仮に使えても電波がないから無――
「アンタの事呼んでんだけど聞こえてる?」
「理かっ!?」
いきなり肩を叩かれながら声をかけられ、驚きから心の中で考えていた事を口に出してしまった。
「りか?」
「あ、いえ。何でもないです」
というか、さっきから嬢ちゃんと言っていたのは俺の事だったんだ。聞こえていたけど、女の子に話しかけているのかと思っていた。自分の見た目が女子な事をつい忘れてしまう。
しかし、お姉ちゃんの次はお嬢ちゃんか。
俺にとって違和感が半端ない呼ばれ方だ。
そう思いながら、先程から話しかけてきた相手を改めて見直す。
一人だと思ったら三人組らしい。
全員二十歳くらいの男で、身も蓋もない言い方をするとチャラい。髪が赤、紺、緑と日本じゃ染めないと不可能な色をしてるのと軽そうな雰囲気を持ってるから、ついそう思ってしまう。
シャツは無地のクリーム色だけどズボンとベストはそれぞれ赤と黒、紺色と黄、緑と白という組み合わせで派手だ。ズボンの色と髪の色が同系なのがこだわりなのかもしれない。
男の身体の時は目線がそう変わらなかっただろうが、今の女子状態だと三人とも見上げる形になる。
それだけで三人から威圧感を感じてしまい、自分の心境の変化に戸惑った。
あ~、偶に女子から怯えた目で見上げられるのは、これが理由だったのか。
妙に納得していたら、壁を背にしている俺を取り囲む様に立った男たちが順々に話しかけてきた。
「どしたん?」
「さっきから困った顔してるッスね」
「何か手伝おうか?」
黒赤、紺黄、緑白、の順で話しかけられる。
彼らの言葉を聞いて驚いた。
今の俺ってそんなにわかりやすいんだろうか。男の時は「黙っていると何考えているかわからない」と結構言われたんだけどな。
女子って顔の筋肉も柔らかいのか?
とはいえ、手伝ってもらうようなこともないし、逆に心配してもらってこんな事を言うのも申し訳ないが、三人に囲まれると俺が見えなくなるから先輩達が戻ってきてくれても合流し辛くなる。
「大丈夫です。連れとはぐれただけなんで。すぐに合流できると思いますから」
俺の説明に、三人組が顔を見合わせる。
「はぐれただけって、それ『だけ』じゃすまなくね?」
「お嬢ちゃんここらで見ない顔ッス。
どっから来たのか知らねえけど、ぶっちゃけ迷子ってことッスか」
「はぐれた相手ってどんな人? 名前は?」
今度も同じ順番で三人が口を開く。
「えーっと……」
まいった。この年で迷子扱いされるのは恥ずかしいけど事実だし、困っているのも確かだ。
でもだからって何でこの三人はそんなに食いついてくるんだろう。
これが小さい子ども相手ならまだ理解できるけど。さっきのちびっことか。
大体、見も知らぬ相手にホイホイ自分の状況を語ってもいいのかわからない。
いや、シンやミアナさんにはホイホイ語ってしまったけど、それは主に先輩の口から語られたからだし。それに俺は先輩より上手く出来ない。絶対に。確実に。
「ホントに大丈夫なんで。
気にしないで下さい」
三人を見上げて何とか口の端を上げる。だけど引き攣った笑みにしかならなかったらしく、離れて欲しいのに逆効果になってしまった。
「そんな顔で言われてもなぁ」
「可愛い顔が台無しッス」
「はぐれた相手の名前教えてくれれば、後はアニキが何とかしてくれるはずだから教えてよ」
「アニキ?」
最後の言葉に反応すると三人はやたら誇らしげに胸を張った。
「そうそう。この辺りを取り仕切っているアニキさ」
「多分この辺りにいるはずだからすぐ来てくれるッス」
「って説明するより呼んだ方が早いかな。
よし、せーのっ」
「「「アニキー!!」」」
もう喋る順番が決められているんじゃないかってくらい毎回黒赤、紺黄、緑白の順に話しかけてきたかと思ったら、最後に声を揃えて叫ばれた。
「え、ちょ」
問答無用でアニキとやらを呼ぶなよ。
そう文句を言う間もなく、三人の言う『アニキ』とやらが道の向こうから現れた。
俺の全身が新たな影で覆われる。
「どうした」
「…………」
絶句した。
登場したアニキを見て、俺の喉が固まりただただ相手を見上げることしか出来ない。
生まれて初めてモヒカンの人を生で見た。
というか、漫画でしか見た事がない。
モヒカンの男は二十代半ばくらいで、三人組よりも頭一つ背が高く、筋肉隆々。見上げるだけで首が痛くなる。革で出来たベストとズボンは黒。飾りなのか細い鎖があちこちに縫い付けられてて、動く度にじゃらじゃら鳴り巨体と相まって存在感がハンパない。剥き出しのムキムキな腕には金属製の腕輪が何本もはめられていた。
漫画好きの級友がここにいたら『世紀末覇者より世紀末覇者っぽい』って言いそうだ。
半ば現実逃避をしながらモヒカンさん(仮名)を見上げ続けていると、モヒカンさんもまた俺を凝視してくる。
俺達の間に流れる緊迫感。それに気付いていないのか、三人組が呑気な声でモヒカンさんに話しかけた。
「アニキ、この子迷子らしいです」
「人とはぐれたらしいッス」
「アニキの力で助けてあげて下さいよ」
「……そうか」
三人組の言葉に厳つい顔で頷くモヒカンさん。にこりともせずに俺を見下ろすその眼光の鋭さに思わず後ずさりしてしまい、背中を壁に擦りつけてしまう。
「名は?」
「は?」
「はぐれた相手の名は?」
「えーっと……」
どすの効いた声で問われたけど、これは正直に答えてもいいのか?
ミアナさんも(今は身体が男だけど)先輩も女子だ。
正直、こんなガラの悪そうな人に教えない方がいい気がする。
「…………」
黙り込んだオレに合わせる様にモヒカンさんも無言のまま視線だけで「言え」と要求してくる。
反射的にぶるぶると首を左右に振ってしまう。
「――ならお前の名は?」
「……か、神井間です。神井間依澄」
矛先を変えた問いに、さすがに黙ったままだとヤバイ気がして仕方なく答える。
「そうか」
俺の答えにモヒカンが僅かに縦に揺れ、続けて男の時の俺より太い腕が目の前に突き出された。腕輪が太陽光をギラリと反射させる。
何する気だ?
と思ったら、
「『風精。拡音』」
短い言葉と共に何時の間にかもう片方の手に握られていた先端に毛玉のついた木の棒で、モヒカンさんがハメまくっている腕輪を順に叩いた。
すると。
ピンポンパンポーン
馴染みのありすぎる音が辺り一帯に響き渡る。
「え」
まさか。おい、まさか。
『第7地区自治会長より迷子のお知らせです』
やっぱり迷子放送!? って、この人自治会長なのかよ! 異世界にも町内会とかあるんだな……って驚いてる場合じゃなかった!
『カミーマ・イズミちゃんがはぐれた相手を探しています。
お心当たりのある方は第7地区25番地の1。テルセラの露店前までお越し下さい。
繰り返します』
『く、繰り返さないで下さい!』
げ! 俺の声まで拡声されたっ!
だけど普通止めるだろう。まさかこの歳になって迷子扱いされて放送までされるなんて。恥ずかしくて顔どころか全身が熱い。汗が出る。
『……繰り返します』
繰り返される!
また声を上げると自分のまで拡声されると思い、咄嗟にモヒカンさんの腰にタックルした。タックルなのに相手はビクともしなかった。女子って力なさ過ぎないか!?
顔を上げ、ぶんぶん首を左右に振ってこれ以上の放送を止めてくれるよう態度で示す。けど俺のタックルにモヒカンさんは少しだけ肩を揺らしただけで、無情にも放送は続いた。
続いたが、
『……お心当たりのある方は第7地区25番地の1。テルセラの露店前までお越し下さい』
武士の情け(?)か名前を拡散するのは止めてくれたらしい。
オレの願いが半分は通じた……のかこれは?
ポンパンポンピーン
悩んでいる内にさっきとは逆の順で腕輪が叩かれる。どうやら放送は終了したようだ。
「…………うう」
道行く人の視線をびしばし感じる。錯覚かもしれないが恥ずかしくて周りを見る気になれず、モヒカンさんの腰にしがみついたまま時間が早く過ぎる事を祈った。
洒落抜きに、恥ずかしさで茹れ死ぬ。
けど、
「めっずらし。アニキが女の子に懐かれるなんて」
「めでたいッス! 恋の季節が一足先にやってきたッス」
「祝言には呼んで下さいね。アニキ」
三人組のとんでもない台詞に俺は慌ててモヒカンさんから離れた。
「おおお俺! そういうつもりでしがみついた訳じゃないんで!」
背中のリュックを壁に勢いよくぶつけながら両手を振って否定する。
と同時にモヒカンさんの腕が振り上げられ、三人組の頭にリズミカルに振り下ろされた。
頭を抱えてのたうち回る三人組を見下ろしたモヒカンさんが、俺に視線を移す。
そして、
「まぁ、なんだ。
連れがくるまでテルセラでも食うか?」
何故かちょっとだけ顔を赤らめたモヒカンさんの言葉に、俺は(テルセラって食べ物の名前だったのか)と明後日の方向に思考を全力疾走させた。
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