異世界の街に到着して早々に

 そう言えば、着陸の時はどうするんだろう。

 今更ながらの疑問が浮かんだのは、ある程度街に近づいた時だった。

 社同様に、白を基調とした建物群は意外と高い建築物が多い。と言うか、一番低くても二階建てで平屋がない。更に言うなら街を囲む外壁もない。日本ではそんな事当たり前だけど、ゲームや小説だと大抵外敵の侵入を阻む為に街を囲む様に壁があるイメージだったから少し驚く。

 その建物も密集している場所とそうでない場所の差が激しくて、パッと見公園の多い街という印象を受けた。ただ、その公園に見える場所も子供が遊んでいるところもあれば羊っぽい動物が放牧されているところもあるので、一概に言えない。確実なのは、街と呼ばれる割には随分と牧歌的な感じだという事だ。

 そんな光景を空から見下ろしながら、オレは先程浮かんだ疑問をミアナさんにぶつけた。

「あの、どこに降りるんですか?」

「ん~、そうねぇ。ナギサちゃんが希望しているお医者さんの近くにしましょうか」

「いやいや、お気遣いなく。ミアナさんも用事あるんでしょ? 

 ならその用事を優先して。その後でも全然大丈夫だから」

「そういう意味で聞いたんじゃないんですけど……」

 俺の言葉は見事に流され、ミアナさんと先輩は互いに譲り合いをし続けている。仕方がないので近くを飛んでいる水精に手を伸ばして質問を投げた。

「やっぱりあの湖みたいにたくさん水のあるところじゃないと降りれないのか?」

 水精の光が弱まる。

「じゃあ降りるのはどこでも大丈夫なのか」

 そう呟くと更に光が弱まった。どっちなんだ。

「――はい、決まり~。まずはお医者さんに行きましょう」

 俺が首を捻っている間に二人の譲り合いはミアナさんに軍配が上がったらしく、空を飛んだ状態のまま街の中へ進んでいく。

 出入り自由なんだ。パスポートみたいなものが必要なのかと思った。いや、求められても持っていないから出入り自由でありがたいけど。

「お医者さんだけど私の知り合いでもいいかしら?」

「むしろ知り合いのお医者さんがいいな」

「わかったわ~」

 そもそも何で先輩はそんなに医者に固執しているんだ。

 昨日ミアナさんから『問題ない』と太鼓判を押されているのに。彼女が専門家じゃないからか? いや、何となく他に理由がありそうだけど、その理由が思い当たらない。

「お、ねえねえ依澄君。あっち見てみて」

 首を捻り続ける俺の肩を先輩が叩いてくる。先輩の指さす方向を見ると、そこにはオレ達と同じ様な手段で空を飛ぶ人が何組もいた。布に限らず、畳位の板やそれこそカヌーみたいな形状の舟も飛んでいる。

「マジでこの交通手段が一般的なんだ……」

 これ、信号みたいな物がないと事故が発生するんじゃないか?

 異世界だから今までの常識が通じなさ過ぎて、疑問が絶えず湧き出てくる。

「はい、降りるわよ~」

『人や物が落ちたら大惨事だな』とか『空中でぶつかったりしないのかな』とか不安に思っている間にも俺達を乗せた布は空を泳ぎ、ミアナさんの言葉と共に下降をはじめる。どうやら眼下にある建物の屋上に降りるらしい。周りより高いその建築物の屋上には円形のプールがあり、水面が太陽の光を反射して煌めいていた。俺の予想は当たり、ふわりとプールに降り立った布は滑るように水面を進み、屋上の端に設置された階段の側で止まった。

「はい、到着~」

 ミアナさんの言葉に先輩はさっと立ち上がり、布の上から軽くジャンプして屋上に降り立った。俺もそれに倣う。最後にミアナさんが布から下り、布の両端を掴んでバサッと音を立てて持ち上げると手早く畳み、ゆったりしたワンピースの胸部分の合わせ目に差し入れた。着物の合わせ目に扇子を挟むノリで、俺達を運んだ乗り物が仕舞われてちょっと戸惑ってしまう。水面に触れていたのに布は少しも濡れていないようだし、便利極まりないな。靴を履きながらそう思って眺めていたら、目の前に水精達が漂ってきた。

 思わずミアナさんにお礼を言う前に、水精達に「ありがとう」と言ってしまう。多分、こいつらがついてきてくれたから空を飛べたんだろう。そして、先輩がミアナさんにお礼を言っているのを見て慌てて俺もそれに続く。先輩は、オレと交代する様に水精達に礼を言っていた。水精は相変わらずキャーキャー言い、ミアナさんも優しい目で俺達の礼を受け取ってくれた。

 そのままミアナさんに先導されて、乳白色の階段を下りる。壁の要所要所に窓がありガラスの代わりに薄い布が暖簾みたいに垂らされている。その布が風に乗って捲れ、外の様子が見える。道を歩く人はミアナさんみたいに青系の髪の人が半分くらい、あとは黒や赤や緑、黄色と色とりどりだ。男は先輩みたいなシャツとズボン姿が多く、女性はミアナさんみたいにゆったりしたワンピースみたいな服の人が大半だった。ワンピースの色も様々で、白いキャンバスの上で多種多様な花が揺れているみたいだ。

 建物全体が白いし綺麗に掃き清められていて、上から見る限り街の中もゴミが散乱している様子はない。建物の側に幾つか小さい屋根が伸びている中、子供が楽しそうに道を走って、建物の角でおばちゃんが数人立ち話に興じている。平和を絵に描いたような様子に、俺は胸を撫で下ろした。見も知らぬ異世界の街の治安が良さそうでほっとする。

 階段を下りながら、俺は浮かんだ疑問をミアナさんに投げかけた。

「ここが病院ですか?」

 屋上が緊急用のヘリポートみたいな印象だったから(もしかして)と思ったのだけれど、軽く左右に首を振られて否定された。

「ここは公共の着陸地なの。

 そもそも私の知り合いは個人の診察所を開いているから、こんなに大きな建物にはいないわ」

「そうなんですか」

 緊急じゃなくて普通のヘリポートなのか?

「着陸地ってことはここから発進は出来ないのかな?」

「そうね~。狭いからここから飛ぶのは無理かしら。帰りは街の側を流れる川から出発するのよ」

 やっぱり水のある所じゃないと飛べないのか。

「ああ、でも私の場合は水精ちゃんの力を借りてるからで、風精の力を借りる人は結構どこからでも飛べるかしら」

「それ、いきなり目の前で飛ばれたらビックリしそう」

「大丈夫よナギサ。どこでもって言っても身体一つで飛べないから。さっきも見たでしょ。何か乗れる物を用意しないと空は飛べないの」

「着ている服で飛べたりはしないんですね」

「それ、空を飛べるようになったら実行しようとする子がいつもいるけど、大抵服だけ飛んじゃうのよね~。

 イズミ君、挑戦してみる?」

「それを聞いて挑戦するような性格に見えますか?」

 そもそも異世界から来た人間に、水精達が力を貸してくれるのか?

 他愛もない会話を交わしながら少しずつこの世界での知識を得ていると、やがて階段が終わり外に出た。

「わぁ……っ」

 上から見ただけでは分からなかったが、テトスの街は想像以上に活気に満ちていた。

 さっきは気付かなかったけど、建物沿いに設置された屋根は露店だったらしい。見た事もない果物らしい物体や調理された食べ物、工芸品や装飾品を並べた店がそこかしこに存在していた。道行く人が時折興味を持って露店に立ち寄り、店の人と談笑したり、装飾品を手に取って眺めたりしている。

 盛況な商店街に来たみたいで、自然と驚きの声が出た。

「さぁ、ついてきて。案内するから~」

 思わず立ち止まってしまった俺に笑いかけてから、ミアナさんが歩きはじめる。先輩も「行こう、依澄君」と俺の肩を軽く叩いてからミアナさんの後に続く。

「あっ、はい」

 俺も慌ててリュックを背負い直すと最後尾についた。

 二人の背中を追いながら、小さくなった歩幅に愕然とする。男の時は先輩を置いて行かない様に歩調を緩める癖があったが、女子になった今は寧ろ置いて行かれない様に足を動かさないといけない。もちろん、ミアナさんが先頭なんだし先輩の歩調も緩やかだけど、急激に小さくなった身体に慣れていない俺は二人について行く事に集中しすぎてしまう。

 だから、

「うわっ」

「いてっ」

 建物の角から飛び出してきた子供を避けきれず、ぶつかってしまった。

 俺の胸くらいの背丈の青髪なチビッ子が倒れそうになるのを慌てて支える。

「ごめんね、お姉ちゃん」

「おね……っ!?」

 謝るチビッ子のお姉ちゃん呼びに喉が引き攣る。でもここで「お姉ちゃんじゃなくお兄ちゃんだ」と訂正しても意味がない。というよりチビッ子には意味不明だろう。

「いや、こっちも避けきれなくて悪かった。

 怪我はないか?」

「うんっ」

「そうかよかった。でもこんなに人がいるんだから走るのは危ないぞ」

「う~。ごめんないさい」

 しゃがんで目を合わせた俺の言葉に、バツが悪そうに俯くチビッ子。そんなチビッ子に、同じく角から走って来た三人のチビっ子達が寄って来た。

「どうしたの?」

「遅れちゃうよ」

「ぶつかっちゃったの?」

 三人のチビッ子の言葉から察するに何処かに急いで行こうとしていたのか。手ぶらだけどこの年だと学校でもあるのかもしれない。

「お前たちも。遅刻しそうだからってこんな人混みの中で走ったら、こいつみたいに人とぶつかるかもしれないだろ。

 せめて全力疾走は止めろ。人を避ける余力は残して急げ」

 チビッ子の小走りくらいなら相手も避けるなりの対処は出来るはずだし、こいつらだって軌道を変える余裕が出来るだろう。

 事情は分からないけど俺とぶつかった事で時間をロスしているはずだから、流石にゆっくり歩けとは言えなかった。

「はーい」

 そんな見も知らぬ人間の曖昧な説教を素直に受け止めた合計四人のチビッ子が手を上げて返事をする姿に、つい笑ってしまう。何と言うか微笑ましい。下の妹を思い出す。

「よし、じゃあ気を付けて行ってこい」

「行ってきまーす」

 気持ちのいい四重奏の返事と共に、俺の言う事を聞いてかさっきより格段に落ちたスピードで去っていくチビッ子達。

 その背中を見送ってから立ち上がる。

 立ち上がって、進行方向に目をやり、しばし茫然とした後、俺は再びしゃがみこんだ。

「あああああ……」

 やってしまった。

 堪らず頭を抱えてしまう。

 俺とチビッ子達のやりとりに、ミアナさんと先輩は気付かなかったのだろう。


 見事に二人の姿が見当たらない。

 

 どうやら俺は、異世界の街を訪れて早々に迷子になってしまったらしい。

 ……どうしてこうなった。



 

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