さらっと衝撃的事実が知らされ さらっと予定が決まってた
「――そろそろお茶を入れましょうか。
『水精ちゃん、お湯をお願い』」
そんなことを考えていたら先輩達も食事が終わったらしく、ミアナさんがテーブルの端に用意されていたポットを手にすると水精に頼む。
「うわっ」
空中からお湯がポットへと注がれるのを見るのは二度目だけど、やっぱり驚いてしまう。
この世界って水関係は水精に頼めば冷水から熱湯まで望みの量がすぐ手に入るようだし、その出現方法はシンには否定されたとはいえ、魔法にしか見えない。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
右手を軽く上げてミアナさんに問いかける。
「何かしら? イズミちゃん」
「その、水精に頼んで水出したりお風呂のお湯を足したりするのって、魔法じゃないならどういう名称で呼ばれているんですか?」
単純に水術とか? それとも精霊術?
そんな予想を立てながらミアナさんの答えを待つが、何故か少し困ったように眉を下げられる。
「え……っと、『お湯を出す』としか言いようがないかしら」
「へ?」
まさかの返答に間抜けな声を漏らした俺に「依澄君依澄君」と先輩が話しかけてくる。隣に視線を向けると先輩は右手で何かをひねる様な動作をした。
「例えばさ、蛇口をひねってお湯を出す事を『
普通に『お湯を出す』って言うじゃない。
それくらい水精に頼んで水を出したりするのが、この世界の日常生活に浸透しているんだよ」
先輩の例えが脳に浸透するのに数秒かかった。そして理解した瞬間、驚きで目を見開いてしまう。
「……マジですか?」
「うん。昨日その辺りの話を色々聞いて私も驚いたんだけどさ。
『水精に声をかける=蛇口をひねる』みたいな感覚なんだよ。この世界では。
他にも
そう言えば昨日お茶をごちそうになった時も『
「えっ、でもそういうのって頼んだ側が魔力的なものを精霊に渡してるんですよね?」
「ん~? イズミちゃん達の世界ではそういう力が人にあるの?」
「ないですよ!?」
まさかファンタジックな術を行使する側にファンタジー世界の住人に誤解されるとは思わず、俺は慌てて両手を振った。
「じゃあ、ノーコストで精霊に色々頼めるってこと……」
「みたいなんだよね。聞く限りだと」
「……嘘みたいな話ですね」
水道光熱費どころか水道管やガス管の工事も必要ないのか? でも排水溝はあったから、下水はあるのかもしれない。
でもやっぱりノーコストなんてありえない気がする。きっと何らかの代償を気付かない内に払っているんじゃないだろうか。例えば体力とか。精霊に物事を頼み過ぎると寿命が縮むとか。
使われっぱなしだなんて、精霊側には何の利益もないと思うんだけど。
「あの、精霊に頼み事した後、倦怠感があったりしないんですか?」
俺の質問にシンもミアナさんも首を左右に振る。
「えええ……。だってシンさん昨日すっごい大技で俺達を助けてくれましたけど、あれも水精に頼んだだけって言う事ですか?」
「呼び捨てで構わない。敬語も不要だ。
――あの場には水精しかいなかったから脱出方法を想像して伝えるのに集中を要したが、苦労したのはそれくらいだ」
「言い切られた!?」
じゃあ本当に言葉にするだけで、水が出たり色々してくれたりするのか。音声認識の家電みたいに? いや家電は電気使うけど、精霊って何をエネルギー源にしてるんだ?
疑問が尽きない。けど、今は他にもいろいろ聞かないといけない事があるから、無理やり意識を精霊関係から引き剥がす。もっと落ち着いたら詳しく聞こう。
ミアナさんに差し出されたお茶を受け取って礼を言うと、オレは頭に浮かんだ別の疑問を次々と投げかけた。
だけど―
「あの、今更な質問ですけどここってドコなんでしょうか?」
「『エラヴィータ』だって。ちなみにこれは大陸の名前で、この社はテトス山の頂にあって、麓に山と同じ名前の街があるそうだよ」
「街があるんですね。
何て言う国に属しているんですか?」
「エラヴィータには街や村がいくつかあるけど、特定の国に統率されている訳じゃないんだって。国があるのは別の大陸らしいよ」
「じ、じゃあテトスって街に行くにはどれくらいかかりますか?」
「徒歩だと半日。乗り物を使えばあまり時間をかけずに着くってさ」
「……何で先輩が答えるんですか?」
「昨夜私が既に質問して答えを聞いているから、復習のつもりで答えてみた。
――合ってますよね、ミアナさん」
「合ってるわよ、ナギサ」
カップを口元に運びながらのほほんと笑みを交わす先輩とミアナさん。
昨夜早々に引きこもったことを責められた気がして、「うぐっ」と喉が鳴った。
「別に責めるつもりはないよ?」
俺の心を読んだかのように先輩が否定してくれたが、居た堪れない事に変わりはない。
だけど先輩は「それに聞きたいことを全部聞いたわけじゃないし」と、フォローする様に付け加えた。
「逆に昨夜は何を聞いたんですか?」
これ以上質問が重ならない様、まずはシン達ではなく先輩に問いかけることにした。
「真っ先に聞いたのは元の世界に戻る方法だね」
「っ!?」
ガタッ
思わず椅子から立ち上がってしまう。
「わからなかったけど」
ガタタ
湧き上がった期待を間髪入れずに掻き消され、俺は椅子に座り直した。
「あと、この世界に来たら性転換しちゃった話をして元に戻る方法はないか聞いたり」
ガタッ ドテッ
さらりととんでもない暴露をされて思わず椅子から転げ落ちてしまう。そのまま驚愕で引っくり返った声で叫ぶ。
「言っちゃったんですか!?」
「そりゃ相談にのってもらうでしょう。この世界ではもしかしたら性別が変わるのは、普通の事かもしれないんだから」
そうかもしれないけど。そんなにあっさりデリケートな問題を相談できる先輩が凄い。肝が据わり過ぎている。
感心しつつ、再び期待を込めて椅子に座る先輩を見上げる。
が、
「残念ながらこの世界でもいきなり性別が変わるのはビックリ仰天な出来事みたい。少なくともミアナさんもエラン君も聞いたことがないって。
なので当然元に戻る方法もわからない、と」
「……そうですか」
ガタガタ音を鳴らして椅子に座り直し、落胆を隠せないままカップを両手で包んだ。お茶の温かさが心に沁みる。
「ごめんなさい」
「すまない」
「えっ? いや、いやいやいやいや。謝らないで下さい」
そんな俺を見て、向かいの席に座るミアナさんとシンが申し訳なさそうに表情を曇らせたのを必死になって否定する。
「むしろ俺の方こそロクに御礼も言わないですみません。
あの、ありがとうございます。
泊めてくれただけじゃなくて、メシとか、風呂とか、服とか。
世話になりっぱなしで」
ぺこり、と座ったまま頭を下げる。
「気にしなくていい」
「そうね。それくらいしか出来ないし」
それくらいどころじゃないんだけどな。
ここは精霊を奉る社らしいし、この二人は聖職についている人たちだからか、とてつもなく善人なのかもしれない。
ちょっと心配になるレベルの人の良さだ。
「しかし、大変だな。
本来ならナギサは女性でイズミは男とは」
「そうよね~。どうしてそんなことになったのかしら」
しかも先輩の突拍子もない性転換発言を頭から信じているみたいで更に心配になる。
俺達が嘘をついている可能性とか考えないのか?
いや、疑って欲しいわけじゃないけど話がスムーズに行き過ぎてて怖い。
「いや、まぁ確かに大変は大変ですけど」
「原因はわからないので一旦それは置いとこうと思います」
「えっ、置いちゃうんですか先輩!?」
そんな軽々しく置いていい問題じゃないだろ。
「いやいや、だって考える事は他にも山程あるし。
まだまだこの世界のことを私達は知らなすぎるし。
とりあえず身体の事は街に行ってお医者さんに相談するまでは置いておこうかと」
……いま、何て言った?
「待った待った待った。待って下さいよ。
さらっと言いましたけど、先輩、街って? お医者さんって?」
隣にいる先輩に詰め寄るとカップを持った先輩が当たり前の様に応えた。
「言った通りだよ。
もう少ししたら、街に行ってみようと思ってる。
もちろん依澄君も一緒にくるんだよ」
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