うけつぎ
"おそあし"最後のライフワークは、後継者を作ることだった。彼は自らの発明を独占することをやめ、技術を伝承することにしたのである。
彼は自分と同じように身体的に劣り、かつ触腕自体は比較的器用な者を何頭か探した。それだけでも随分と骨の折れる作業だったが、有望な候補となりうる者が存外近所に住んでいることがわかった。それは若い頃にどさくさで作った彼自身の子どもだったのだが、"おそあし"はコンプレックスからそんな経験を忘れようとしていたため、自らの子孫がいることなど生涯知るよしもなかった。
『調理』の教授は苦難を極めた。"おそあし"が料理を用意し、弟子に実食させるのだが、弟子は自ら調理するよりも、与えられる方を好んだ。自ら作った不格好な料理よりも、熟練した"おそあし"の料理の方が遥かに美味かったのである。"おそあし"は教え方を試行錯誤し、弟子に向上心を植え付けることから始めなければならなかった。二頭の関係からは、尊敬・達成感・対抗心その他様々な感情が生まれた。ただし二頭が交尾することは一切無かった。ここまで来ても愛が生まれなかった以上、"おそあし"はとことんモテなかったと結ばざるを得ない。
"おそあし"が老境にさしかかろうというとき、弟子は独立を志し、未練がましくも洞窟を去っていった。"おそあし"はもはやモテたいとは思っていなかった。彼は多くの子孫こそ遺さなかったが、それ以上に広がりを見せることになるであろう、技術を遺したのである。彼は試行錯誤・調理・道具の使用・技術の伝達・向上心といずれも後の世に不可欠な概念を多数生み出したものの、やや寂しい一生を終えることとなった。
このような背景を経て、彼ら種族のうち技術を扱うのに向かない触腕を持つ者はやがて淘汰されていった。生存能力は単なる力から総合的な有能さへと評価基準が置き換わり、最終的に『細くて器用な触腕』は美形の一要素とされるようになった。
残念ながら"おそあし"がモテモテになれなかったのは、とにもかくにも時代のせいなのだった。
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