第2章 盗人"ぶちかわ"大冒険

あこがれ

「――――よしいまだ! いけえー!」

 "あかくろ"が背を押すと、"ぶちかわ"は下り坂を勢いよく転がりだし、狩りを終えた直後の成体から肉を奪い取った。成体はしばらくあっけにとられていたが、すぐに次の獲物に目を向けて去っていった。

「よしよし、だいぶ上手くなってきたじゃねーか」

「"あかくろ"兄ィがすげェんだよ。僕ァこんなこと思いつけない」

 『盗人』……横取りによって狩りの労力を節約する階層が現れて数百週が経っている。"あかくろ"は下り坂を利用することで勢いを増すことで、段違いの成功率を得ていた。事実、独り立ちからこれまでで、失敗したのは一度だけだった。その時肉だと思って奪った斑の塊は、生後間もない幼体だったのである。

「俺に拾われたいじょーは、同じくらい上手くなってもらわなきゃ困るからなー。うし、さっさと食って移動するぞ。じき暖週になる」

 彼らは定住する洞穴を持たなかった。縄張り周辺は境界帯のなかでは寒極側だったため、起伏の大きい地形は暖週中も涼しい影を生んでくれるのだった。暖週から逃げ遅れた知恵のない獣は、もはや生きた保存食に等しい。それどころか、無理やり日向に追い出しさえすれば、直ちに焼肉が食えるおまけまでついていた。

 いつも身を潜めている山塊の影にたどり着くと、彼らは少し火照った身体を休ませた。辺りには獣が蠢いていて、次の暖週も安心して乗り越えられることを約束していた。

「ねェ……"あかくろ"兄ィ」

「どうした?」

 親の顔も知らない"ぶちかわ"は、よく"あかくろ"に物語をねだった。"あかくろ"が話すのは、昔々の言い伝えか、自身の盗みの武勇伝だった。

「あのとき盗った肉ほどでかかったもんはねーな。なんせ次の暖週いっぱいまで食いきれなかったんだ。半分は腐らせちまったから、結局炭に変えたよ」

「そんなに炭があったらさァ、≪寒い方角≫にも行けるんじゃないかな?」

「ああ? ≪寒い方角≫なんて行ってどーすんだ?」

「どうもしないけど。何があんのかなァって」

「なにもねーよ。俺のじいちゃんは言ってたよ。『≪寒い方角≫は嫌われ者だ。だから怒ってますます寒くなる。そしたらもっと嫌われる。それを繰り返して誰も寄り付かなくなった』ってな。だから嫌われたくなければ、他人にはあったかくしろってよ」

「またそうやってお説教に切り替えるんだもんなァ」

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