ちょうり

 その暖週が終わるまでに、科学者"おそあし"はいくつか小さな発見をした。熱された食料を食べたときの方が、どうやら腹持ちが良さそうなこと。最適な加熱時間は、獣によってばらつきがあること。唯一残念だったのは、加熱した食料は傷みも早いことだった。駄目にした食料も多く、差し引き若干飢えつつも、彼は満足だった。生来の悩み症が、初めて具体的な結果を生み出したのだから。

 なにより、『調理』の発明は彼に時間的余暇をもたらした。数度の寒暖週ののちに、彼は実に寒週の半分を新たな発明への工夫へ費やすことが出来るようになった。彼はほぼ完全に黒こげになった食料は、一定時間加熱することで熱を保持し続けることを発見した。そればかりか、この方法は獣の表皮や骨など、食べられない部分にも応用が利いたのである。もはや『調理』は完全に洞窟内で行われていた。この頃になると"おそあし"は、自分の能力についてすっかり自信をつけていた。そしていよいよ、彼はこの発見をもってしてモテられないかという考えに至ったのである。

「美味しいものを食べさせて有能さを伝える…いけるだろ、これ」


 いけなかった。全く駄目だった。おのおのが自分の生だけに必死な彼らにとって、美味しい物は確かに価値だった。しかしそれを誰かに与えられるという概念は、狩猟本能に刻まれてはいなかった。他の者にとって"おそあし"の料理は、単なる謎の落とし物に過ぎなかったのである。何度か、相手が大きめの料理にかぶりついている間に『こと』に及ぶことは出来たが、彼がしたいのはそういうことではなかった。するにはしたが。結局彼の思想はこの時代のコミュニケーションとしてあまりに先走っていた。プレゼントも生存に直結しない有能さも、魅力としては先進的過ぎたのだ。

 "おそあし"は一時悲観したが、それでも考えることだけはやめられなかった。憂鬱さを引きずり、自らの子孫を残すことはほとんど諦めていたが、それでも日々悩み続けていた。せめて自分の発明の偉大さだけでも、誰かに知らせたいと思った。

 その思いこそが、彼ら種族へ残す最も貴重な財産だったのである。

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