つながり

 ある一頭の転がる者が、考えともつかぬ思考を回していた。

 食べることは簡単だ。繁殖は簡単だ。何もかも思い通りになるまま一生を終えられる。満足している。しかし惰性で生きるには長すぎる。

『これは、なんなのだろうか?』

 あまりに漠然とした問いに答える者は当然いない。しかし彼の生み出した疑問という発明は、彼の脳とも言うべき中枢部分に微細な刺激を及ぼし続けた。

 こうして、全ての生命が独立して動いている中、彼は俯瞰した視点をもつ最初の生命体になった。

 生まれる。食べる。繁殖する。死ぬ。

『これは、なんなのだろうか?』

 問いは単純化され、研ぎ澄まされる。

 生きる。死ぬ。

『これは…』

『なんでもない。ただ生きて死ぬのはなんの変化でもない』

 彼は無を知った。すなわち、この星に生きる者として初めて、悟りを得たのだった。

 もっとも、以降の彼の生は語るに忍びない。彼が生み出した新たな概念とは、孤独にほかならなかったのである。彼の働きかけに応じる者などいるはずもなかった。彼は種々のアプローチを試し、ただひとつの返報も得られず、絶望の中死んでいった。しかし実のところ少なくともひとつの試みは、失敗ではなかったのである。彼の最も偉大なる発明は、巧みに触腕を動かすことで体表を繰り、他の個体の身体を揉みほぐす行為であった。確かにそれは返事を得られるような行動ではなかった。しかしこのマッサージはある種の快感を生み、相手を懐柔することでその場に留めることができた。つまりこのマッサージを学んだ者は、僅かながら繁殖効率を上げた。テクニックが生まれたことで、完全にランダム化されていた生存競争のバランスは徐々に崩れ、マッサージは誰もが相手に働きかけるひとつの手段と化した。

 それは、原始的なコミュニケーションの誕生にほかならなかった。加えて、そこに介在する試行錯誤の余地が、彼らの脳髄を活性化していくのだった。

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