第1節 げんしのころ

第1章 とあるモテない原始人"おそあし"の悩み

ゆううつ

 "おそあし"は悩んでいた。彼なりに真剣な悩みだった。いや、生物にとって子孫を残すことが最重要の意味をもつならば、彼の生はまるきり無意味になってしまうのだから、当然かもしれない。

「モテたい」

 彼は情けなくも、声に出してそう言った。振動は触腕を伝い、住みかの洞穴にむなしく響き渡った。洞穴の外の大気のない星空には《まれびと》がよく見える。次に《赤さ》が現れるまではだいぶ余裕があり、気候もそれまで涼しさを保つことだろう。時折視界に入る動物たちもみな、忙しなく生存活動を行っている。"おそあし"としても、今のうちに食料を調達しなければならなかった。"おそあし"の触腕は長く細く、獲物を追って転がり回るのには向いて居なかったのである。食料を調達し終わる頃には灼熱の暖週が目前となるので、今まで親以外の同族と交流を持ったことは一度たりともなかった。その親は、彼の卵が孵り、最低限のことを教えるとすぐに、肉食の凶暴な獣に負けて死んでいった。

「らくに生きるほうほうねーかなぁ…」

 "おそあし"の独り言はほとんど癖になっている。孤独が身にしみついているのだ。

 効率化は怠惰だけではない、切実な問題である。彼はまだ若く、全てを諦めるのには早かった。しかし今の切羽詰まった暮らしは、最低限の生存以上の望みを阻むのだった。子孫を残すことばかり考え享楽的に生きれば、目前に餓死があるだけだ。だが、歳をとれば生きるのはますます困難になるだろう。そうなれば、今よりも苦難は大きくなる。同じ暮らしを繰り返しても、無意味な死は先延ばしされるだけなのである。

 つまり結局のところ、彼の堂々巡りはいつも同じ帰着を迎える。今は先立つ問題として、次の暖週までに栄養を蓄える必要があるのだ、と。

 "おそあし"は頼りない触腕に力を込め、洞穴の外へと転がり出た。

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