第22話 最深部に潜む黒くて大きい……
洞窟を進んでいくと、前方にいきなり広い空間の開かられる地点が迫ってきていることに気付いた。
「もしかして、最深部?」
「かもな」
オズベルが独り言を、呟くと律儀にリクが返事を寄越してくれた。だからというわけではない、はずだ。油断していたわけでは断じてない。あまりに急だったのだ。
「…………っ」
「あ、ちょっと!?」
広間の入口の手前まで来て、中が照らせるようになると突然アリが駆け出して、フルーナとネルマを追い越して広間に入っていった。
「人です! 人が倒れているようです!」
その後を追いながらフルーナがリクたちに向かってそう叫ぶ。リクは逡巡すらすることなく舌打ちをして「追え!」と走りだした。
がっつり1万平米はありそうな広間の中央までフルーナの背中を追っていくと、その足元でアリが倒れた人に必死に呼びかけていた。
「大丈夫ですか! もしもし! 大丈夫ですか! 目を開けてください!」
懸命な声掛けに応えることなく、その人物は床に倒れたまま反応することはない。最後尾で盾など重い荷物を担ぐネルマを追い越さないようにようやく追いついたトルがその顔を見た途端、悲鳴に近い声を上げた。
「ら、ランドさん!」
「ランド……っていうことは、この人がお二人の探してた……?」
息を整え終えながらネルマがトルを振り返り、凍り付く。もちろん物理的に凍ったわけではない。魔法でもない。驚きのあまり、精神的にその場で動けなくなってしまったのだ。
何だろうと振り返ったトルが再び大声を上げた。
「リクっ、皆っ、後ろ!」
尋常ではない叫び声に全員が振り返る。
そこには、いくつも垂れ下がっていた。
白い、糸のような、ロープのような。その先はなんだかミノムシのようにぐるぐる巻きにされた何かがくっついている。それが、20本ぐらい。天井から吊るされている。
いや、天井から直接延びているのではない。糸だ。規則正しい網目状の横糸が天井に張り巡らされていて、垂れ糸の森はそこから生い茂っているのだ。
その森の中に、いた。奴はいた。
大きな、大きな大きな大きな大きな、蜘蛛が。毛むくじゃらの足が8本、目玉のような赤い水晶が13個、鋭く剣先のような先端を持つ触手が4本生えた、どす黒い化け物が、天井の糸に張り付いていた。
「箱物だ! 数、1! こうげ――」
リクが言い終わるより早かった。
蜘蛛の箱物は水晶の下の口のような部分からご丁寧に人数分の糸を発射した。
「――――っ」
危うくフルーナ、トル以外が直撃しそうになる。それをリクが自分の左腕を撫で上げ、街で屋根の上から降ってきた暴漢達を防いだアイスドローの魔法で庇った。ただ、腕を起点にしたせいであまり大きな範囲をカバーできず、逃した1本がネルマに迫る。
「危ない!」
間一髪のところでトルがネルマに身体ごとぶつかることで糸を躱した。糸はリクの氷や足元の地面に突き刺さる勢いで吸着し、同時に箱物がそれを巻き戻した。それを予想していたリクが氷の根元を砕くと氷は糸に引っ張られるまま箱物の口の中に消えていく。一方で地面に突き当たった糸は地面を抉り取っていくことはなく、糸だけが帰っていく。
「吸着性は体外に排出されても自在だ!」
リクはトルに本来の役割である記録のバックアップを促した。トルは何も言葉を返さなかったがしっかりと頭に叩き込んだ。
「散れ! 固まっていると避けにくいぞ!」
「下がった方がいいのでは!?」
「駄目だ! 天井の網目が奴の行動範囲だと思った方がいいッ。壁際に行けば追いつめられる!」
オズベルの進言をつっぱねながらリクは腰に巻いた鞄から魔導図書を取り出して書き込み始めた。それが何を意味するか察してオズベルは絶句した。
高等執筆員であるリクは司書員の審査が無くても書いた内容が全ての魔導図書に反映される。とはいえ、火急に知らせる必要がないのなら後でゆっくり書けばいい。つまり現在、今すぐにでも伝えなければならないと、さもなければ記録に残らないかもしれないと判断したわけだ。それは何故か。
リクは自らの死の可能性があると判断したのだ。
死ぬ……? そう思うと体温が急激に低下するのを感じた。
リクが死ぬのに、自分が生き残れるはずがない。
脱出。離脱用のカードが、オズベルのケープの内側には2枚眠っている。
使うか?
取り返しのつかないことになる前に使った方がいいだろうか。
さっきの糸はあっという間に箱物に飲み込まれていった。
あれを打ち込まれてから準備したのでは遅い。なら、今、脱出したほうが……。
「…………」
オズベルは激しく頭を振った。何を考えてるんだ私は。それはつまり仲間を見捨てるということだ。そんな卑怯な真似をして、この先、胸を張って生きていけるはずがない。
やらねば。箱物を倒さねば。
箱物が死ぬか、自分たちが死ぬか。これはそういう戦いなのだ。
この瞬間から、オズベルは離脱カードのことを完全に頭から追いやった。戦う覚悟を、命のやり取りをする覚悟を決めたのだ。これまでの戦いでも、もちろん死ぬ可能性がゼロだったわけではない。しかし、自分たちの練度、敵の力を推し量るにまあ負けることはないだろうと感じていた。だから冷静でいられた。それが今回は未知の敵、それもリクに庇われなければ最初の最初で死んでしまっていたかもしれないほどの相手だ。とどのつまり先ほどまでのオズベルは完全に怖気づいていたのだ。それも、もう終わった。
ここからは、勝つために、生き残るために、全力を尽くす。背水の陣で、大敵に挑む。
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