第7話 自己紹介って個性

 叫んだり悲鳴を上げたりした後に着替えを済ませたイガルガたちは、脱衣所を出たところで玄関を開けて入ってきたフルーナと鉢合わせた。

「おや、みなさんちょうど湯浴みが済んだところでしたか。この度はご一緒できず申し訳ありませんでした。どうも身体を動かさないと落ち着かない性分でして。次の機会には是非ご一緒致しましょう」

「…………」

「?」

 苦み走った表情で顔を見合わせる一同に、不思議そうに瞬きをするフルーナ。

 一際険しい表情のイガルガが押し殺すような声で言った。

「やめときなさい。ここには覗き魔が出没すんのよ。実際アタシらも覗かれたわ」

「な……それは本当ですか。聞き捨てて置けませんね」

「ええ。見かけたらアンタのレイピアでぶっ刺してやんなさい」

「はい。お任せください。必ずや皆さまの恥辱を晴らして見せます」

「それから――」

「わかったから食堂に行くわよ。のぞ……リク高等執筆員がお待ちかねよ」

 誘導するイガルガと馬鹿正直に応じるフルーナにオズベルはため息を吐く。待たせときゃいいのよ、とイガルガが言っていたが無視して食堂に入った。

 オズベルたちが現在身を置いている建物は、本来共同住宅であったものを図書館が財力と権威にものを言わせて買い取ったものだった。故に部屋がいくつもあり、厨房や大きめの食堂があった。大浴場は設立者の趣向だったらしい。

 騎士団の宿舎にも個室のシャワーとは別に大浴場があったが、男社会であったそこには女性に気を遣う文化はなく、当然利用時間割など存在しなかった。となるといつ男性が入ってくるかわからないところで生まれたままの姿になるわけにはいかず、必然的に彼女らが入る機会は皆無であった。

 なので、この共同住宅に大浴場があるとわかった途端、彼女たちはトルに一言断って、今まで抑えていた欲求を開放し、一日の疲れを癒しに向かった……が、待ち受けていたのは先ほどの一件であった。

 食堂に足を踏み入れた途端視界に映ったリクの姿に、素肌を見られた少女たちは顔を赤らめた。とくにアリやネルマなんかはゆでだこのようになってしまった。

「ご、ごめんね。何度も止めたんだけど、ちょっと居眠りしちゃった間に呼びに行っちゃったの」

 そんな様子を見て、トルが慌ててフォローすべく駆け寄った。しかし相変わらずリクはマイペースに展開していく。

「ノロマどもが。とっとと座れ」

 事情を知らないフルーナはきょとんとした、それ以外はムッとした表情で無数に置かれた椅子の、リクの座る位置からある程度距離を置いた位置に腰かけた。

 全員が着席したのを確認してリクはトルに目配せをした。トルは頷いて、リクの隣で立ったまま一人一人の顔を眺めるようにしながら口を開いた。

「えっと、みんな眠いと思うから短めにするね」

 言われて、皆身体の疲労を改めて意識してしまう。

「まず、今日はお疲れさま。それから、シルファングが襲ってきたときに助けてくれてありがとう。それで、ちゃんとした自己紹介がまだだったよね。私はトル=ゲットー。図書館での役職は書記員で、こっちのリク=グランドロフ高等執筆員のバックアップみたいなことをしてます。えっと、いろいろあったけど……その、よろしくね」

 一礼してトルは朗らかに微笑んだ。なんとも屈託のない表情に騎士団員は毒気を抜かれ、

「リク=グランドロフだ。せいぜい死なないよう気をつけるんだな」

 すぐさま注入された。

「も~、一言多いよぉ」

 トルがぶーたれていると、ふいにオズベルが立ち上がった。不思議そうに見つめるも、ハッと気が付いてトルは自分の椅子に腰を下ろした。

「オズベル=リンシャインです。騎士団では……今は戦術科に属しています。知っての通り、主にカードを使用する戦法を取ります。よろしくお願いします」

 オズベルが自己紹介を終えて着席すると、その隣に腰を掛けたアリが跳ねるように立ち上がる。

「どもー、アリ=ウォーカーです。えー、弓術科です。最近田舎から出てきたばっかりで世間知らずな発言があるかと思いますが、どーぞよろしくお願いしますっ」

 そうして二人にならうように順に自己紹介をしていった。

「え、と……ネルマ=トライアンです……。盾術科です……。が、がんばります。なんでもします……」

「イガルガ。イガルガ=スクイード。魔法は火属性のと雷属性のが使えるわ」

「王立騎士団騎士科所属、フルーナ=エドアと申します。若輩者ではありますが。いついかなる時も決してくじけぬ精神と己が信ずる騎士道を貫くことを、祖国ブレイグと国王陛下に誓います」

 最後にフルーナがやたらと堅苦しい口上を述べ終えると、トルがゆっくりと頷いて腰を上げる。

「それじゃあ、今回の私たち図書館騎士団特別合同調査隊……略称、特別調査隊の任務について説明するね」

「あに? アタシたちってなんかの調査のために呼ばれたの?」

「はぁ~……………。………」

 団体名に引っ掛かりを持ったイガルガが尋ねると、リクが悩まし気にため息を吐いた。その神経を逆撫でさせる手腕たるや、どこぞで特別な訓練を積んだかのごとき境地だ。

 そんなこともわかっていなかったのか、とでも言いたげなため息とそれに続く何か言い足りない横目と半開きの口。極めつけは、それでも一切言葉を発さずに諦めたように首を小さく振って目を閉じる具合であった。

「そ、そうなんだよ。今日……昨日かな? 皆が倒した、シルファングたちみたいな箱物について調べるのが今回の目的なんだ」

 カッと頭が沸騰してイガルガは喚き散らしそうになったが、慌ててトルが間に入ったことで何とか踏みとどまった。

「あのぉ、話の腰を折ってしまってすみませんなんですけど、箱物ってなんでしたっけ? わたしの故郷ってあんまし情報の入ってこないとこで、詳しく知らないんです」

「箱物……ここ一年大陸を脅かしている、箱の中から姿を現す生命体のことですね」

「どこから生まれてくるのかわからないその箱に刻まれた二桁の数字が小さくなるにつれ大きな被害を及ぼすとされていて、最近では50を下回る数字も確認され始めているらしいわ」

 騎士団には最近入団したばかりと言う田舎者のアリにフルーナとオズベルが一般的に知られている範囲で回答する。ネルマも何も言わないものの、怯えたように身体を震わせていた。

「そうだね。それで図書館は人々の安全な生活のために、対策が練られるよう箱の中身に関していろいろ調査してるんだよ」

 トルは大きく頷いて図書館の事情を補足した。

 ふん、とイガルガが小さく鼻を鳴らす。どーせ『ぼく全知なのだー。えらいのだー。しりたいからしらべるのだー』てのが本心で、人々のふにゃふにゃってのは王宮や騎士団の協力を得るための建前なんでしょ、と続けても良かったが、なんだかんだ自分たちの味方をしてくれるトルにそんな食ってかかるのは流石にはばかられるのだった。

「それで、この前までは別の職員がいろいろな地域を回って出現した箱物を処理しつつ調査も行っていたんだけど、この付近で箱の目撃情報があってそれを調べに行ったきり全く連絡がつかなくなっちゃったの」

「殉職なされた、ということですか……?」

 口元に手を当ててフルーナが恐る恐る尋ねと、トルは曖昧な表情で頷いた。

「可能性は高いと思う。もちろん、箱とは関係なく……ってことも考えられるけど。少なくとも今も元気で活動している可能性はほとんどないのかな。私情に走るみたいで申し訳ないんだけど、その行方も一緒に調べたいと思ってる……」

「ま、要するにあの間抜けの尻拭いってわけだ。こればかりはお前らにも同情してやろう」

 相変わらず毒言を吐くリクはともかく、トルはその人のことを本気で心配している様子で、心打たれた面々は安心させるように頷いた。

「わかりました。我々にできることならなんでもお手伝いさせていただきます」

「だいじょぶですよ。きっと無事ですって」

「……うん。ありがとう。明日からよろしくね」

 フルーナたちの励ましの言葉に、トルは切なげに微笑を返した。

「よし、話は以上だ。夜明けから早速行動を開始する。5時にはまたここで全員そろって朝食を採り、予定を説明する」

「へ? あ、アンタ今……5時って言った!?」

 リクの言葉にイガルガが素早く反応を見せる。

 一日は18時間から成っている。壁にかかっている時計を見ると3時を回ったところだった。

 農業を生業にしている者が仕事を始めるのは4時なので、5時は本来ならそう無理のある時刻ではないが……。

「り、リク。いくら何でも寝られる時間が短すぎるんじゃないかな。ほら、みんな夜通しで移動とか、戦闘とかしてたわけだし、なんなら明日でも……」

「6時だ」

「まだお店も空いてないよ……」

「……7時だ」

「い、いや……あの、装備を整える時間とかもあるんだし……」

「…………8時だ」

「せ、せめて午後からにはならない、かな……? ね? お願い」

「………………死ね」

 リクは忌々し気に悪態をつきながら立ち上がると食堂を出ていった。その背中にお礼を言ってトルはオズベルたちに向き直る。

「そ、それじゃあ、9時からってことになったから……えっと、絶対に遅れないでね」

 罰ゲームの野宿回避に続き今回も最大限の譲歩を引き出してくれたらしいトルに、一同は素直に頷いて即刻就寝すべく食堂を後にして各自与えられた個室へと向かった。

「おい。オズベル」

 順に二階への階段を昇っていく中で、オズベルはふと自分を呼ぶ声に振り返る。見ると一階の廊下に、とうに自室へ引っ込んだはずのリクが立っていた。

「話がある。来い」

 それだけ言うとリクは背を向けて歩いていった。逡巡した後に、オズベルは後を追うことにした。

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