第3話 模擬戦(上) 勃発する闘争 金色の風
夜中の森を月明りで進むこと10分。やがて見えてきたのは、林道などからは切り離された、木も草も切り株も取り払われた広場だった。
30メートル四方はあろうかという広さに人為的なものを感じもしたが、騎士団の娘たちは若干の警戒の色を覗かせるだけでリクに続いて足を踏み入れた。
広場の中央には辺りを照らすことができるライトボールという魔導具が浮いている。
「やっほー、随分と遅かったね……って、あれ、なんか空気が重たい」
御者を近くの町まで送って行き、後にこのエリアで合流することになっていたトルは、リクたちに気が付くなりその異様な雰囲気を察知したようだった。
ぼそぼそと、おそらくは今に至るまでの経緯をリクから伝えられたトルは目を見開いた後に、じっとりと責めるような眼差しでリクを見つめた。
「ええー。なんでそんなことを……あー、もう! ごめんねぇ皆~。リクったらいつもこうなんだよ」
「…………」
困ったように眉をハの字にしながら笑いかけるトルに、特設部隊はどう反応すべきか戸惑う様子で顔を見合わせる。
「まずは、ルールを説明してやろう」
「ええ!? ちょ、ちょっとリクぅ。人がせっかくフォローしようとしてるのに、なんでそう自分勝手に話を進めるの!」
流れとか空気とかその他諸々を完全に無視した態度にトルが抗議の声を上げると、逆にリクはじろりと彼女を睨みつけた。
「知らなかったな。トル、お前はいつから俺に意見できるほど偉くなったんだ?」
「え、や、それは……その……ごめん」
厳しい語気で迫られて萎縮するトルを尻目にリクは改めて口を開く。
「試合形式は先に言った通り一対一の模擬戦だ。距離間20地点から開始する60カウントの一本勝負で執り行うが、遠距離、近距離、それぞれ得意な戦闘スタイルがあるだろうから特別ルールを設ける。攻める側と守る側をあらかじめ決め、それぞれに違う勝利条件を与えるんだ。攻めの勝利条件は相手に有効打を一撃入れること。守り側の勝利条件は試合時間の中で相手から有効打をもらわないこと。ただ、このままでは攻撃する側はなりふり構わず攻撃できてしまうから、守り側は相手を転倒させた場合も勝利とする。俺たち二人両方に勝てるやつがいればお前らの勝ち、いなければお前らの負けだ」
リクが言葉を切ると、オズベルがさっと手を挙げる。しかしリクは見向きもせずに言葉を続けた。
「なお、攻守はお前らに決めさせてやる」
それから初めてオズベルに気づいたような顔をする。
「どうした、トイレにでも行きたいのか」
「…………いえ」
はめられた。リクのとぼけた台詞に、オズベルは手を下しながら直感する。この男はわざと説明に不足を生むことで質問のために手を挙げさせて、自らそれを補完することで手を挙げさせた者を間抜けだと嗤ったのだ。
ずいぶんとこすいが、まあ人の神経を逆撫でする嫌がらせだった。しかし、それ以上にオズベルにとって気になるのは、なぜ彼がわざわざこちらを挑発するような真似をしているのかということだった。
聞くところによると、図書館は外部の人間と連携を取る際には必ず能力チェックを行うらしい。つまりこの模擬戦は特設部隊をテストするのに最適の機会というわけだ。
……いや、むしろテストのために模擬戦が行われることになったに違いない。シルファングとの戦闘から今の模擬戦に至るまでの全てが彼の計画の内なのだ。
ともすれば、模擬戦が行われることになった今、これ以上の挑発は必要ない。誰かが言っていたように、騎士団特設部隊と図書館はこれから共に戦う、いわば仲間なのだから。
にもかかわらず、彼は毒舌を引っ込めるどころか、さらに勢い増してこちらを怒らせに来ている。このままでは共闘するなど不可能なまでに関係が悪化してしまいかねない。
そもそも、普通にテストを行うと言わずに反感を買う形で話を持っていく動機が分からない。ここまでの流れを完全に掌握していた彼のことだから、やはり何か狙いがあるのだろうか。それとも本人が述べていた通り、騎士団で、しかも女性である私たちを差別するような浅い人間なのか。まさか、強気を演出していたら引っ込みがつかなくなったなんてことはないとは思うが……。
思案するオズベルだったが、目を閉じて軽く息を吐き、意識を現実に引き戻した。
何にせよ今はこの模擬戦に集中すべきだ。リクと言う名の図書館職員がどんな人物だったとしても、実力を認めさせてやるだけのこと。
「ルール確認も済んだことだし、早速始めるか。さあ、初めに赤っ恥を掻きたい奴はどいつだ?」
どうやら図書館側はリクの命令でトルが先に戦うことになったらしく、棒切れで印付けされた開始線に着いてストレッチをしていた。騎士団の面々は互いに視線を交わした後に、一人がすっと前に進み出る。
「私が参ります」
「よっし、頼んだわよ! なんなら、いきなし決めちゃいなさい!」
「がんばってくださいっ」
「ふぁ、ファイトですぅ……」
金髪風に踊るフルーナとその背に声援を送るイガルガやアリ、ネルマを他所にオズベルは僅かに唇をかんだ。
本来こういった勝ち抜きに近い形式をとる戦いでは最高戦力を早めにぶつけるのは間違いではない。なぜなら、よっぽど相性が悪かったり、取りこぼしがでたりさえなければ最強の者がいる方のチームが勝利するということが勝ち抜き戦の常であり、その万が一があった際、最強を先鋒に据えていれば、後ろが多い分まだ取り返しがつきやすいからだ。
特設部隊の中で最も高い単騎性能を持つのは、まず間違いなくフルーナだろう。なので、そのフルーナに先鋒を任せるのは定石に沿っている。が、今回はその限りではない。
特設部隊は全員が先のシルファングとの戦いでそれぞれの戦闘スタイルを見せている。逆にリクとトルの戦い方は謎に包まれている。このままではあまりに不利だ。
情報は盾である。雨が降るとわかっていれば事前に傘を持って出掛けることができるように、知っているということはそれだけで防御面において大きなアドバンテージとなる。
だからせめて誰かが一人、トルを破ってリクがどんな戦い方をするのかがわかってからの方が良いに決まっているのだ。
けれどそう思ったところで後の祭り。オズベルの懸念に気付かぬままフルーナは開始線に立ってしまった。
仕方ない。もともとフルーナは策を弄するようなタイプではないのだ。その細身に似合わない気合と根性で相手を圧倒するのが彼女のスタイルなのだ。下手に入れ知恵するよりは、彼女の思うがままにやらせた方が、勝ち目があるかもしれない。
自分に言い聞かせるように軽く頷いて、オズベルはトルの動きを見極めるために腰を据えて戦いの模様を見守ることにした。
「じゃあ、よろしくね」
「はい、よろしくお願い致します」
にっこりと微笑むトルに、フルーナはきちっとした礼をもって返した後に腰に納めた剣を鞘ごと構えた。突然の事態に模擬刀を用意できなかった故の処置である。もちろん鞘の分の重さが増すものの、それで剣さばきに影響が出るほど軟な鍛え方はしていない。
「おい。攻めと守り、どちらを選ぶ」
「攻めでお願い致します」
「わかった。お前も、いいな?」
「うん。私が守りだね、了解」
フルーナの選択をトルに確認して、リクは近くに落ちていた小枝を拾った。
「……この木の枝が地面に着いたらスタートだ」
振って示すと対戦者は両者ともに頷いた。それからリクが小枝を軽く放り、それが地面に落ちたとき――
ロケットスタート。試合開始直後、フルーナは地面がえぐれるほど強く、そして疾く駆け出した。
雷のような勢いで向かってくるフルーナにトルは瞬き一つせずに腕を何度か振るう。そこから放たれたのは四つのナイフ――先の尖っていない模擬戦用のものだ。直線的に進行するフルーナへの牽制だった。
自身の勢いと、決して遅くはない投げナイフが合わさり、ものすごい速度で迫りくる攻撃をフルーナは紙一重……否、最小限の動きで躱していく。右に左にまた右にそして、下……。
「……!」
時間差だった。避けきったと思わせる絶妙なタイミングで誘導元に投げられたもう一本のナイフがフルーナの体の中心に向かって飛んでくる。
当たる。戦いを見守っていたオズベルたち、さらにはナイフを放ったトル自身も半ば確信した。刃が丸いとはいえ、頭に直撃すれば気絶ないし脳震盪を起こせるはずだった。
しかし、ふっ――っとフルーナの姿がトルの視界から突如消え失せる。
「き、消えた……っ?」
思わず声を漏らしたトルの顔面に罹る影。見上げれば細剣をぐっと引いたフルーナが引力によって降下しながらトルを狙っていた。
「はぁぁぁあああああッッ!!」
「――――ッ!!」
気合いのこもった雄叫びと共にフルーナは剣を突き出す。そしてそのままトルの肩口を貫く……かのように見えた。
パァン。トルの右手に弾かれて、金属でできているはずの鞘が似つかわしくない音を立てながら右に逸れた。
そしてトルは、攻撃をいなされたことで伸びきり無防備となったフルーナの利き腕を左手で掴み、そのまま自分に背中が向けられるよう引き寄せる。
「くっ……!」
フルーナは慌てて体をねじり無理やり一発当てようと膝を突き出すがもう遅い。
トルはフルーナの腕を掴んだまま彼女と背中合わせになるように体を回転させて身をかわし、右の裏拳をフルーナの後頭部に叩き込んだ。
ドサッと音がしてフルーナが勢いよく地面に突っ伏す。
「勝負あり。フルーナ転倒により、トルの勝利だ」
気怠そうにリクが宣言し、勝敗が決する。
「はぁ……はぁ……」
物の数秒で激しい攻防を繰り広げたフルーナとトルは息荒く余韻に浸る。
「ナイスファイト」
「ありがとうございます」
「ちょっと待ったぁッ」
膝をついていたフルーナにトルが手を差し伸べて立ち上がらせると、突然金切り声が上がった。
「イガルガさん……?」
「えっと、どうかしたかな?」
トルが尋ねると、口をへの字に曲げたイガルガはフルーナの使っていた剣を指さした。
「アンタ、フルーナの剣を叩いたけど、鞘に入ってなかったらダメージになってたんじゃないの?」
なるほど確かに、という顔をするアリとネルマ。
そんな馬鹿な、と言いたげなオズベルとリク。代表して審判を務めるリクが答えた。
「トルが弾いたのは剣の腹だ。刃でない部分に有効判定はない」
「本当に……なんだっけ? 剣の…………腹? を叩いたかなんてわかんないでしょーがッ」
「すみませんイガルガさん。トルさんは確かに刀身の横に手先を当てて弾かれました。それは剣を扱っていた私が最も存じております」
「…………そ。悪かったわね。難癖つけて」
フルーナ自身が弁明すると、なら仕方ないという風に手をひらっと振ってイガルガはそっぽを向いた。
「もう物言いはないか。ないならとっとと次の奴は準備しろ」
リクの言葉に特設部隊員たちは再び顔を見合わせた。
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