第2話 毒舌って舌を噛んだら死ぬの?
悲鳴の発生源へ駆けつけるために捨てた荷物を拾いに行くと、後ろからついてきたリクがふと、とんでもないことを口にした。その言葉が木々と夜の闇の間に完全に溶けていくまで、誰も言葉を発することができなかった。
「え……今、なんと……?」
細剣を腰から下げるフルーナが聞き返すと、腕組みをしているリクは彼女の方をちらりと見やり馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「聞き損じるな、間抜けが。それとも恐怖のあまり自分の耳を疑いたくなったか? まあいい、ノロマで臆病者なお前らでも受け入れてしまえるよう、もう一度はっきり言ってやる」
あまりに辛辣な物言いで騎士団の面々に二の句を継がせぬまま、リクは一度間をおいて、よく通る声ではっきりと告げた。
「お前ら、騎士団特設部隊には……死んでもらう」
「…………!」
誰もが息を飲む。互いの反応から風で聞き間違えたわけでも、自分の耳がおかしくなったわけでもないと今度こそ理解する。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよッ」
最初に言葉を絞り出したのは魔法使いのイガルガだった。この場の誰よりも小さな身体を乗り出して、長い髪がふるりと揺れる。
「アタシたちはアンタら図書館と協力するために来たのよッ? あんで殺されなきゃなんないのよッ!?」
「協力……? ふははははっ」
リクは再び嘲るように、そして今度は大声で笑った。
「わざわざ国王のもとへ出向いてA級要請を行ったというのに、役立たずの女どもを押し付ける。そんな捻くれた騎士団と馬鹿真面目に協力しろと言ったのか? 笑わせるな。だいたい、殺すとは言っていないだろう。お前たちのことはあくまで俺の盾として利用させてもらう。その中でいずれ死んでもらうことになるとは思うがな」
「あ……あんですってぇ……ッ」
激昂し、今にも飛びかかろうとするイガルガを制し、オズベルがケープを翻して前に出た。
「一つよろしいですか。リク高等執筆員」
「言ってみろ」
「私たちは確かに全員女です。しかし、中には騎士団の修科において上位に名を連ねる者もいます。決して役立たずで終わるばかりではないかと」
オズベルは知っていた。フルーナは騎士科でトップの成績を収める秀才であるし、イガルガは魔法科の中では屈指の魔法威力を有する術士であることを。そしてオズベル自身もまた、戦術科では首席に次ぐ能力を持っていた。
「何を言い出すかと思えば……そんなことか」
しかしオズベルの言葉を以ってしてもリクが己の発言を省みることはなく、それどころか呆れたように大きなため息を吐くのだった。
「いいか……、王属万全図書館は全知を誇る大陸最大にして最高の調査機関だぞ? ブレイグが有する騎士団の所属者はもちろん、各々の騎士団内での評価など目を閉じていても唱えられるに決まっているだろう」
「では――」
なぜそのようなことを言うのか、と問おうとしたオズベルを遮るようにリクは言葉を続ける。
「だが、そんなものは関係ない。いくらガッコーでせんせーに花丸をもらったところで、そんなものは所詮ガキのお遊戯だ。戦場で通用するとは限らない。現にさっきは不適切な術選択で仲間を危険にさらし、それどころか、一般人に多大な損害を与えたやつがいただろう。故に俺はお前たちに大した期待をしない。過度な期待を寄せて身の危険を招くぐらいなら、盾として、道具として良いように使うだけだ。もとよりお前たちにはその程度の価値しかないんだからな」
酷い演説だった。騎士団が仲の悪い図書館の応援要請に対して女性を寄越したのも、イガルガの魔法が馬車商の仕事道具を溶かしたのも事実だが、彼女らとて決して今まで遊んでいたわけではない。つまならい反復練習を何度も繰り返し、怠惰を促す誘惑を幾度となく断ち切って、自らの技を磨いてきたのだ。そんな彼女らにとって、リクの毒言は侮辱を侮辱で包んだ最低の贈り物でしかなかった。
「ふ、ふ、ふふふざけんなッ」
「聞き捨てておけません!」
怒りのあまり顔を真っ赤にするイガルガと鋭いまなざしで睨みつけるフルーナを、何でもないような視線で眺めながらリクは再び口を開く。
「文句があるなら、一つ勝負といこうじゃないか。少し歩いたところに開けた土地がある。そこで一対一の模擬戦を行うんだ。お前たちのうち一人でも俺たち二人を両方とも負かすようなことがあれば、先ほどの発言を撤回し謝罪しよう。逆にそれが果たせなかった場合は……そうだな、お前らには一晩ここで野宿してもらうことにするか。……ふっ、温室育ちのお嬢ちゃんたちにはきつ過ぎる罰ゲームだったかな?」
「馬鹿にすんじゃないわよッッ」
「その勝負、お受け致します!」
「…………私もやりますよ」
売り言葉に買い言葉で話に乗る二人とあくまで冷静な装いで名乗りを上げるオズベルを他所に、リクは先ほどから発言のない二名に目を向ける。
「お前たちはどうする。何なら逃げ出してもかまわないぞ」
突然水を向けられた二人は戸惑いがちに目を泳がせる。
「あー、っと……」
先に口を開いたのは弓を背負っている小柄で童顔の、確かアリと呼ばれていた娘だった。
「わたしは遠慮しておこうかなぁ、なんて。ああ、仕事の方はばっちりお供させていただきますよ? ただ何と言いますか。ほら、わたしたちって味方同士なわけですし、こんなことして意味あんのかなーっていうか、わたしってば遠距離主体で、模擬戦も特殊な形態を要するので手間がかかっちゃうかな~、なんて」
やたらと回りくどい返答をしたアリの言葉に、リクは煩わしげに首を振る。
「御託をぬかすな。ここでやらないなど言う腰抜けは任務には連れて行かないし、とっとと騎士団に帰ってもらう。俺の盾だというのに土壇場で逃げ出されたら困るからな。逃げるなら騎士団までだ」
「んー……あー、そうですねー……。はい! わっかりました! アリ・ウォーカー。頑張らせていただきますっ」
悩んだ末、サイドテールを元気に跳ねさせたアリが決意を言葉にすると、必然的に残った一人に全員の視線が注がれた。ネルマという名の、紺色寄りの黒髪を首元で揃えたボブカットの盾使いだ。
「え、えっと……あの……そのぉ……」
注目を浴びることに慣れていないのか、ネルマはきょろきょろと落ち着かない様子で言いよどんだ。
「はっきりしろ。やるのか、逃げるのか」
「や、やや、やりますぅ! 私も……やらせてくださぁい!」
他の者とは違うまごついた態度にリクが苛立ちを隠さない声色で急かすと、ネルマは慌てて参加を告げた。その眼には微かに涙がにじんでいる。
「よし。決まりだな」
全員の了解を得たリクは満足そうに頷き、虫の音響く夜の森を振り返った。
「ならとっとと移動するぞ。奴もそろそろ馬車商を町まで送り終えて帰ってくるころだ。……せいぜい歩きながら作戦でも立てておくといい。無駄になるのは目に見えているがな」
言いたいことだけ言ってリクは返事も待たずに歩き出す。
フルーナは熱くなって乱れた腰の細剣を静かに正し、イガルガはあの後ろ姿に火球をぶちこんでやろうかと考えながら、オズベルはケープの裾をはためかせて、アリはぴょこぴょこと跳ねるように、ネルマはふるふると身を震わせながら、リクの後に続いた。
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