第764話 ゲームと現実のあいだ
職人達にも聖靴通り開発計画ゲームに参加してもらったことで、いくつか分かったことがある。
まず、このゲームはゲーム自体に魅力と集客力がありそうということである。
あくまでも計画運営能力の実践力を高める目的で制作した教育ツールであったが、エンターテイメント方面での商品力もありそうだ。とはいえ、しょせんは木を切り出したパズルに過ぎないわけで数百数千と売らないと大した利益は出ないように思える。
「これは教会でも導入すべきですよ!必ず流行します!」
などと実際に体験したクラウディオの鼻息はたいそう荒かったが、聖職者には聖祝盤というバックギャモンに近い種類のサイコロと盤を使用した伝統的なゲームがあるそうで、習慣の牙城を崩すのは難しいだろう。
もう一つ気になるのは、ゲームをゲームとして楽しむ層と、ゴルゴゴのように現実との接点が気になる層とで綺麗に二つに分かれたことである。
理屈や数字が好きなクラウディオにはやや前者のきらいがあってゲームの効用が数理的に見えているのだろうが、それだけに盤の外の現実を無視する可能性がある。
問題なのは、そうした「数字が好きで盤の外の現実を無視する」傾向のある人間の方が開発計画を立てる局面ではマネジメントに向いているのである。
工房の職人にも明らかに前者の傾向の人間がいる。中でも若い職人の方に素質があるように思える。
「もう少し現実の泥臭さを加えるべきかな」
「と、いいますと?」
「実務に使用するなら資材に相場が必要だろう。豊富に用意できる作業員ーー冒険者連中の小遣い稼ぎになるーーと違って石材には相場がある。3等街区の建物を崩しても良識な石材は得られない。すると街の外から大量の石材を、おそらくは河川を通じて運搬する必要がある」
「それは・・・そうなるでしょうね。ですが教会の事業です。優先して運ばれるでしょう」
若い聖職者が言うように教会とすれば組織の面子がかかった事業であるから運送に遅滞をおこさせるようなことはないだろう。しかし街の道路と教会以外の部分、特に住居部分はしっかりとした4階建てとするための良質で大きな石材を切り出す必要があるだろうし、そうした石材はやはり遠隔地から輸送してこなければならない。
「良い石材は大商人や貴族達との取り合いにもなる可能性がある。中には先に押さえて高く売りつけよう、と抜け目のない連中も出てくるだろうさ」
「教会の事業にそんな不敬な真似をするとは!」
「仕方ない。商人とはそういう生き方だ」
あまりに阿漕な真似をしてふっかけてくるようであれば、ジルボアあたりに頼んで「お話し」しに行く必要がでてくるかもしれないが、長く続く事業になるだろうから街の人々への評判も考えるとできるだけ穏便に済ませたい。
となると、一括で石材の費用を先に支払って押さえてしまうのが良いのだろうがそこまでの資金力はない。
では借金を・・・となると、まともな利率で貸してくれる組織はないし、そもそも個人の商人で貸付のできるような金額でもない。
「教会と違って組織に信頼がないのも痛いな」
教会であれば、費用がどれだけ巨額になったとしても必ず支払いをしてくれる、という信用がある。
教会の持つ巨大な領地や権利の資産、資産からもたらされる莫大な収入、それとニコロ司祭の領地で不正を働いていた元代官達を開拓地送りにした上に数代にわたり必ず返済させるという並外れた取り立て能力。
元の世界風に言えば財務格付けはAAAのさらに上である。
お金持ちはお金持ちに金を貸したがる。
「それで、街の大商人を巻き込もうとしているわけですか。資材を先に押さえて便乗値上げを防ぐために」
教会、有力な大商人、それとジルボアがとりまとめる貴族や商人達。
多くの人間に投資させて大資本を形成し初期投資を大きくすると、結果的に最も安く仕上げることができる。
「そのあたりの初期に集めた資金や資材をいれるのもいいな。定期的に定額が得られる、というのは計画にとっては幸せだがやや現実味が欠ける」
例えば建築計画を説明するパートを入れて、説明がうまければ初期資本が増えるような仕組みを入れても良い。
あるいは、途中で資金を引き上げると言い出す大商人などが出てくることも考えられる。
「そういう口で働くのはケンジの仕事でしょ?」
「口で働く・・・そうかもな」
アンヌのあまりな言いぐさに苦笑したくなるが、そこは確かに自分の領域ではあるかもしれない。
しかし後援者との交渉はマネジメントには欠かせない能力である。
ミクロな点では現場で働く職人や労働者に支払う賃金であったり、スケジュールの変更についても説明したり場合によっては交渉することも必要であるし、全ての交渉を一人で見ることはできない以上、多くの人間に身につけてもらいたい能力ではあるのだ。
「それと、元の場所に住んでた人はどうするの?」
サラが指摘する問題。
道路拡張に伴い立ち退く者達をどうするのか。
最も立場の弱い者達の声が、このゲームには含まれていないのだ。
ゲームと現実の間に横たわる齟齬。
それを埋めなければ、このゲームは現実に有害な遊戯にとどまるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます