第765話 聖靴通りの価値は?
「元の住人達に必ず報いる」
これはサラとの約束であると同時に、俺の基本方針でもある。
再開発計画が靴工房で働く職人達にとっても良いことでないと教会を誘致した意味がない。
「だから、工房の職人達の家は必ず確保する」
「うん。そこはケンジだから信用してる」
彼らが綺麗な家に住み、綺麗な場所で働くこと。
それが最低限、再開発計画において達成されなければならないラインである。
「それに、工事の関係で住居から退いてもらう人達にも相応の補償はするつもりだ」
次に守るべきラインとして、立ち退く住人達に不便を強いないこと。
3等街区の崩れかけた家であったも、そこは彼らにとって何十年、ひょっとすると何世代にも渡り住んできた家屋であるのだ。「新しく造るから出て行け」で済ませたくはない。
「でも、少し悩んでるみたいだけど・・・」
「そうだな。きちんと計算しようとすると、少しばかりややこしいんだ」
頭の整理のために、簡単にサラに説明する。
聖靴通り区画開発は3等街区の土地を再開発する以上、従来の住人達の立ち退きは必ず発生する。
基本的な方針としては、希望する住人には代替となる住宅と商業地での商業権を付与することで決定しているが、どの程度の権利が妥当なのか、という点で詰める必要があるのだが、これがなかなかややこしい。
例えば代々の住居を所有していた住人と、その住人から一部の部屋を賃貸していた人間に差をつけるべきか。独り者と家族持ちでどの程度の差をつけるのか。大いに儲かっていた店と閑古鳥が鳴いていた店の商業圏を同程度の価値と見なして良いものか。
「ううっ。ちょっと聞くだけでも頭から煙が出ちゃいそう・・・」
「相場一覧や判例が公開されているわけでもないからな・・・一件一件を自分の目で見て査定するのは少しばかりしんどいな」
いずれのケースでも「その土地建物を利用する権利はいくらが妥当なのか」という価値推定の問題がついてまわる。
いちおう3等街区の住宅地については口頭での契約が主ではあるが、ある程度の相場、というものがあって相場なりの価値で貸したり借りたりは発生しているので現在の価値について苦労はするが推定はできないこともない。
「要するに費用ってのは、巨大な足し算だ」
原材料と人件費とを順々に足していけばーー税金も引かれるだろうがーー原理的に費用は算定できる。
「ただ、問題はその先だ。いくら儲かるかがわからない」
「ええーっ!?」
ほとんど詐欺師のような言いぐさに、サラが目を白黒させている。
しかし、これが今のところ俺の正直な感覚だ。
というのも、この都市においてこれだけの巨大事業が興されたことがないので、事業価値の推定方法が公式化されていないのである。
「ゲームでは2つの利益の柱があることになってる。店舗の利益と家賃の利益」
「そうね」
「だけど、実際には商売の種は幾らでもある。工事中の労働者達に酒や食事を出す、朝市の場所代、聖靴パレードの席料、治安を預かる警備、広場で行うイベントの見料・・・そのあたりの諸々を足していくと、どれだけの価値になるのかさっぱりわからない。すると、店舗も家賃も幾らで設定するのが妥当かわからなくなる」
「それって・・・すごく困りそうね」
「困るな。特に大商人に出資を持ちかけるときに困るだろう。連中は甘くない。儲かりだしてから金を出す商人は幾らでもいるが、儲かりそうという話の段階で金を出す商人はいない。しかし、こちらとしては必要な石材を最初に抑えてしまって計画全体の費用を圧縮したい。そのためにも、できるだけ最初に費用をまとめて出させたい」
そうした「全体の儲かりそうな絵を数字に落としたもの」を事業計画という。
つまりは、海千山千の大商人向けの事業計画をつくりあげないといけないわけだ。
たぶん、俺が一人で・・・。
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