第763話 にわかブーム

結局、ゲームを再開するのには数日の間隔を必要とした。


そもそも昼間は本業である靴製造の経営も見ておかなければならないし、測量士のバンドルフィとの打ち合わせにも時間が取られる。夜になれば冒険者ギルド向けの報告書や遠隔地の領地からの報告書をまとめる作業もある。


そして、ようやく聖靴通り開発ゲーム(仮称)をルールを再開する際には、何故かブロックの山が1つでなく3つに増えていたのだ。


「・・・多いな」


「・・・申し訳ない」


珍しくゴルゴゴが下を向いて申し訳なさそうにしている。

一方で、新規に増やされた2つの山では、工房の職人達が目を輝かせて今か今かとゲームの始まりを待ちかまえている。


「どうしてこうなった・・・」


俺は、ここ数日に靴工房でにわかに巻き起こったゲーム旋風ともいうべき熱狂的な流行を思い起こしていた。



もともとは、手すきの職人達に前夜にゴルゴゴが切り出しただけの粗い木目のゲーム用ブロックを、角を取ったりと少し綺麗に加工してくれるよう依頼しただけだったのだ。


「それで、これはどういう風に使うんです?」


「ああ、それはな・・・」


とはいえ、ブロックの見た目を直すついでに手書きだけの模様を刻んだり、予算や資材の数字を積み上げても見えるよう面の位置を指示するには、そもそもの用途から説明する必要があり、問われるままにゲームの内容を教えたりもした。


ルールが書かれた黒板も敢えて消したりはしなかったので、遊び方ーー職人達にとっては純粋な遊びだーーを何となく理解した結果、職人達は最新の玩具だと認識したらしく、投石杖の石投げと並んで勤労後の娯楽として大勢がハマったらしいのだ。


その間も俺は二階に引き取って報告書を懸命に書いていたので、職人達が残っている気配を感じつつも「今夜は投石杖の石ころの音が少ないな。静かなおかげで報告書が進む」などと暢気な感想を抱いていたりしたのだ。


数日後に気がついたときには、工房の中に数セットの「俺専用ブロック」を納めた木箱が積まれており、娯楽として大いに職場で流行している玩具を今更に取り上げるわけにもいかず大いに弱ることになった。


考えてみれば三等街区の職人である彼らが接したことのあるボードゲームは、せいぜいがサイコロ賭博や原始的な双六程度のものだったろうから、聖靴通り開発ゲームは最新式のコンピューターゲームに初めて接した子供の如き吸引力を発揮したのも不思議ではないかもしれない。


ルールが段階的に難しくなるのも良かったようで、子供も手伝いに来ている職人の中には、家でも家族でやりたいとねだられているという。


そんな訳で、工房の中には職人達を中心に、あっという間に5つのボードゲーム班が立ち上がったらしい。

彼らは技術と熱意に任せてブロックをワックスとヤスリで丁寧に、それこそ鏡のように磨き上げ、単なる記号であった下水管や石畳、店舗や家の模様を精緻に写実的に描き上げた。


そうしてゲームを始めた職人達は「小団長が何やらもっと面白いルールを教えてくれるらしい」と聞きつけて、本日の幹部向け研修会場に意気揚々と乗り込んできた、というわけだ。


「これっていいの?」


などと、サラはひそひそと耳打ちしてきたが、少し考えて許可することにした。


仕事の内容に関わらず資源をマネジメントする能力があって困ることはないし、職人達の中で格段にゲームに強い者がいれば将来的に経営サイドに引き上げてもいい。


それに、多少のルール追加で根を上げかけた連中にも良い刺激になるかもしれない。

職人達が楽しそうに頑張るのを様子を目にすれば、彼らだって張り切らざるを得ないだろう。


「では、改めてゲームをやって行くとしようか。準備は?」


「「できてます!」」


問いかけに声を揃えて唱和する職人達の様子が初々しい。

すっかり擦れてしまった面子達とは大違いである。


「本日の追加ルール1つめは、道路完成ボーナス!道路が5マス完成すると金持ち地区とつながり観光客が来るようになる。すると店を建てたあとの利益が2倍に増える」


このルールは2等街区と石畳の道路がつながった際の店舗収入の上昇を模している。


「えっと・・・道路がつながるとお店の利益が増えるから・・・」


「とりあえず道路と家だけ造れ、ってわけにはいかねえな。また面倒くさい話になりやがるな」


「でも先に道路だけ造れば・・・」


「予算が足りなくなりますね。道路だけでは利益になりませんから」


先日から取り組んでいた面々は「最低限の道路と家さえ造って徐々に延ばしていけばいい」という勝ちパターンが崩れたことに気がついて、議論の上で再計算を始めた。


一方で初参加の職人達はといえば


「おおーーなるほどーーーさすがゲーム創業者は違う」


「店の収入が倍になるのか。すごい変更だ」


「これは後でうちでも導入しないと」


などと、何だか違う方向へ感心しているが、それでも懸命に数字を数えて最適解を探るべく楽しそうに話し合いをしているのを見ていると、これはこれでありか、などとも思ってしまうのだ。


しかし、これぐらいで満足してもらっては困る。

まだまだ頭を使ってもらうために、2回目、3回目のゲームでは次々と追加のルールを足していく。


「追加ルールその2!教会の設立!3ターン目で教会を設立!4と5ターン目の店の収入は倍になる!」


教会が立つと観光地としての価値が劇的に上がるのだ。

当然、ルールに加えておく必要がある。


「追加ルールその3!突発事項の発生!サイコロでランダム事件が起こり、人や資材が足りない、工事が中止、逆に収入が増えるなどが起きる!」


計画に事故や遅延はつきものである。それを如何にカバーしていくのか。

それも運営管理能力の必須事項である。

これもルールに加えなければ実務には使えないだろう。


「そして最終的な収益は各チームに発表してもらう」


最後に、どのチームが聖靴通り開発計画を通して最も利益を上げることができるか、数字で評価する。

競争があるからこそ、ゲームは燃えるのだ。


こうして当初は俺が羊皮紙に埋もれて死なないために始めた幹部教育ツールの聖靴通り区画開発シミュレーションゲームは、最新の娯楽として熱狂的に工房の職人達に迎え入れられ、何故か工房全体のマネジメント能力の向上へと寄与することになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る