第762話 追加ルールの追加ルール

「追加ルールその1。全部で5回だけ予算を渡します」


10の予算を5回だけ渡すことになる。

これは予算の制約であり、時間の制約でもある。


「なるほど。予算が足りなくなるわけですね」


と相変わらず理解の早いクラウディオ。

聖靴通りを模したブロックを全体を建設するのに必要な予算は55と判明している。


「つまりは途中で儲けろってことでしょ?」


アンヌも金勘定に関しては判断が素早い。


「その通り。追加ルールその2。店舗を作ると次回収入が1入る。家を作っても同じく1入る。ただし、下水道と道路が出来ていないと収入は入らない。インフラが整備されていないと商業地としても住宅地としても魅力につながらない、ということだ。汚い街で商売したい人はいないし、住みたい人もいない」


「その汚い街に儂らは住んでるんだが・・・」


「まあ落ち着け。2等街区の市民やお金持ちから見ればってことだよ」


少し機嫌を損ねたゴルゴゴをキリクが宥めにかかる。

木のブロックを積み重ねただけのゲームと現実を混同するとは、なかなか想像力が豊かだ。

ある意味で見込みがある。


「いいかな。さて、ではこのルールでやってみてくれ」


ゲームのスタートを促すと、全員が猛然と議論を開始した。


「とにかく最初にお金儲けよ!お金が入るように作るの!」


「そりゃそうだがな。店と住宅、どっちが先だ?」


「ええと、作るのに必要なのは、お店が2枚で家が1枚だから・・・」


「先に家だけ作ればええじゃろ」


「しかしですね、先に道路と下水道を造っておかないと・・・」


「下水道、金かかるな。道路だけはできねえのか」


などなど、各人各様に懸命に考えてくれている様子が議論の端々からも伺える。

全員が夢中になっていて気がついていないが、今議論しているのはこの街に巨大な利権を生むであろう都市計画の概要である。

それを無学な冒険者上がりと高等教育を受けた聖職者が対等の立場に立って、どのように計画をすすめるべきか議論しているのだから、これは大変なことである。


予算を渡して見ていると、どうやら最初に下水路と道路を最低限敷設し、建設費のかかる店舗は放置して両脇の住宅を先に建設することにしたようである。建設費をおさえつつ家賃収入を得る。投資対効果に優れた計画と言えるだろう。

彼らは大いに学んでいる。しかし、この程度で立ち止まってもらっては俺が将来的に困る。

まだまだ頭を鍛えてもらわないといけない。


「では、第3の追加ルール」


「えー!!まだ難しくするの!?」


「そうだ。現実は難しいんだ。第3の追加ルール。人と石材を追加する。お金で建物は作れなくなる。代わりに人の力と石材が必要になる。予算は革のコインの代わりに木の棒と石ころを支給することにする。これまでコイン1枚で造れた建物は人1人と石材1、つまり棒1本と石ころ1個が必要になる。コイン2枚で造れた建物は人2人と石材2だ」


これは投入資源の多様化であり、資源のボトルネックの可視化でもある。

多少複雑に見えるかもしれないが、マネジメント能力を鍛えるには導入必須のルールである。


「すると家や店舗から得られる収入はどうなります?」


「収入は従来通りコインで得られる。そしてコイン1枚で人1人もしくは石材1個と引き替えにできる」


「なるほど・・・建物を造るには人の力と石材が必要。人も石材もお金があれば換えることができる・・・たしかに・・・」


「何だかややこしいねえ。売って買ってで儲かるってわけにはいかないのかい」


「アンヌさん、これは非常に合理的なルールですよ。大きな教会を建てるには常に人足と石材の問題がついて回ります。私は帳面と書類の上でしか知りませんが、どちらも非常に重要な要素です」


クラウディオがアンヌに説明をする。ここまで来ると、さすがにかなり理解が難しいらしい。

ということで、全員の理解度を均すためまたしても相互の話し合いの時間を設けるのである。


俺は楽を出来るし、全員の理解度も高まる。

参加者達の頭から煙が出ている以外は、特に問題はないのである。


しかし、彼らは知らない。

実務に耐えるマネジメント能力を身につけてもらうために、これからいくつも追加のルールがつけ加わって、まだまだ難易度が上昇していくということを・・・。



結局、その日は参加者達の頭の負荷が限界に達したようだったのでゲームは切り上げた。

成果を焦って彼らをゲーム嫌いにしてしまっては「俺が楽をするためのマネジメント人材育成計画(仮称)」に支障を来してしまう。

「楽しい。しかし物足りない」程度で留めて次につながる飢餓感を煽ってやらないといけないのである。


卓上に積み上げられた木のブロックを片づけようとすると、一人残って羊皮紙にペンを走らせていたクラウディオが

「少し待ってください。写してしまいますから」と言う。

ことわりをいれて羊皮紙を見せてもらうと、若手聖職者らしい硬い筆致の文面で聖靴通りの木のブロックの説明が意外と正確なデッサンに注釈を入れる形で描かれている。


「上手いじゃないか」


「いえいえ・・・おそらくはニコロ司祭様には呼び出されて詳細を聞かれることになるでしょう。そのための準備ですから丁寧に書きすぎて困る、ということはありません」


「やはり報告するのか?たかが積み木のゲームというわけには?」


「いきません!」


人類のボードゲームの歴史は古い。数千年前の移籍から石を削って作ったサイコロが出てきた、というニュースを読んだこともある。冒険者連中だって酒を飲めばサイコロで賭事をしている。この世界にも俺が知らないだけで高度なボードゲームが聖職者や貴族の間で流行っているに違いない。


「・・・要するに大したことはないと思うんだが」


と根拠を上げて主張してみたのだが


「王剣も聖祝盤もただの遊びです。教養の域を出ません。しかし、これは教会で是非とも導入すべき実務の知識です」


とキッパリと断言されてしまった。

どうもクラウディオにはボードゲーマーの血が流れていたらしい。


何となく教会という組織には多くの潜在的なボードゲーマー族が眠っている気がしてきた。

教皇か枢機卿のような偉いさんから「職務遂行に支障をきたすゲームをしてはならない」などと禁止令が出なければ良いのだが。



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おまけ

本文を書くにあたり検討したゲームのコンセプトです


聖靴通り区画開発シミュレーションゲーム設計案(仮)


設計方針

・シミュレーション設計とはジレンマ設計

・期間は5ターン程度

・学習コンテンツとしてスタート。実務のシミュレーションも将来的には視野


設計上のTips

・10を越える数字があるのは良くないし、3つを越える選択肢があるのも良くない

・3から5手先を読みれば十分な程度に難易度は調整するべき


追加ルール

・人材コマと資源コマ

・収入で人材と資源コマを買える

・教会を建設すると店舗収入ボーナス但し教会建設には人材コマを使用

・2等街区と道路が接続すると家賃&店舗収入ボーナス

・チーム分けで建設競争

・トラブル・イベント挿入


設計拡張のポイント

・ルール追加の順番

・難易度上昇の速度

・どこまでゲームの巨大化を許容するのか

・学習コンテンツ重視かシミュレーション重視か

・人材コマを一般と専門で分けるか悩む


以上です

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