第761話 積み木遊び
卓上に転がされて山のようになっている立方体の積み木。
これを材料にして運営計画ソフトやエクセルを用いずに、教育訓練を受けたことのない連中をそれなりに使える人材に仕立てていかないとならない。
なかなかにハードルが高い。
「それで、この積み木で何をどうするんですかい?」
「そこから説明するか。この積み木には印がついている。丸い印がついているもの。これは下水管だ。四角い印。これは道路。つまり工事は下水管を埋めてから上に道路を舗装する。こんな風にだ」
丸い印がついたブロックの上に四角い印がついたブロックを積み上げる。
「これが下水管と道路の工事を表すことになる」
続けて別の台形の印と数字の1と2が書かれたブロックを取り上げる。
「これは店舗を表す。数字は1階か2階を表している。なので建てる際には1階を建ててから2階を建てる。こんな風に」
台形に1とかかれたブロックの上に台形に2と書かれたブロックを積み上げる。
「これが店舗の1階と2階の工事を表す」
また別の印がついたブロックを取り上げる。
ブロックには三角と四角を組み合わせた家を表す印と1から4までの数字が記されている。
「もうわかる通り、これは住宅を表すことになる。1階から4階まで下から順に積み上げる」
そうして、下水道と道路、2階建ての店舗、4階建ての住宅という聖靴通りを構成する基本的な要素を積み上げて見せると、卓上に不細工な模型ができあがった。
「と、いうわけでおまえ達にも同じ事をやってもらう」
残りのブロックを示すと、キリクは渋々と、サラやゴルゴゴは嬉々として積み上げ始めた。
「では、次の段階。聖靴通りは通りを挟んで両側に店舗と住宅があるのだから、反対側にも積み上げて欲しい」
つまりは左右対称に積み上げるということだ。
これも全員が問題なくできた。
「さらに次の段階。聖靴通りはもう少し長さがあるのだから、長さを5ブロックまで延ばして欲しい」
今作ったのと同じものを5つ横に延ばすように作る、ということだ。
粗いブロックではあるが段々と通りの立体的な模式図っぽさが出てきた。
何となくやらされ感のあった作業もやってみると意外と楽しいらしい。
キリクも無骨な指でブロックを崩れないよう揃えたり、意外と器用なところを見せている。
「さて。ここまでは単なる積み木だ。そこで、工事の予算というルールをつけたす」
「予算?」とクラウディオが反応する。
「そう。予算だ。今積み上げているブロックは全て工事の単位となる。ブロックなら人の手で積めるが実際には専門の業者と多くの人手と時間が必要だ。そこでブロックに数字の予算というルールをつける」
そこで用意しておいた革袋から適当な革を切り出して作ったコインをばらりと広げる。
「これが予算だ。1度に10枚ずつ渡す。この予算を使って聖靴通りのブロックを積み上げてもらう。ただしブロックによって予算は違ってくる。下水道は2枚。道路は1枚。店舗は2枚。住宅は1枚だ」
ルールは黒板に白墨で書く。
これまで漠然と積み上げてきた積み木が、こうなると俄然ゲームとして難しくなってくる。
とはいえ、ここまで手を動かしてきたせいか戸惑いは少ないようで、ゴルゴゴもサラも、アンヌまでが指折り数えて「10だから・・・」「先に下水道を造って・・・」などと楽しげに聖靴通りを作っている。
「もっと予算ちょうだい!」
「では、さらに10枚」
アンヌに応えて革袋からコインを渡す。
ここまでくると、数に強い連中は全体に必要な予算を数え出すのだ。
「下水道が2枚。道路が1枚。店舗は2階建てで2枚が2つ、住宅は1枚で4つ・・・」
「それで長さが5でしょ?ええと、2と1と2と2と4で、それが5つあって・・・」
「11枚ですね。それが5単位ですから全体予算は55です。55枚あれば聖靴通りは完成します」
ゴルゴゴやサラが指折り数えているのを後目に、クラウディオがさらりと答えを出す。
このあたりは教育訓練の背景が違う。こう見えて彼は教会という巨大組織を支える官僚となるべく厳しい上司の元で実務を鍛えられてきた人間でもあるのだから。
「すごーい」
サラなどは手を叩いて喜んで、こちらへ手を出してくる。
その手にコインを握らせてやると、嬉しげに積み木遊びへと戻っていく。
まだまだ楽しそうだが、本当に楽しくなるのはこれからなのである。
「これは聖靴通りの計画なのですね」
もう1度、ブロックで聖靴通りを造り上げると、勘のいいクラウディオが指摘してきた。
「そう。だからルールを追加する」
「えー!またルール!?」
「実際に家に住むのに下水がなかったら困るだろう?トイレにも行けないし料理の水だって捨てられない。雨が降れば道路は水浸しになる」
「料理は全部食べるから!」
サラよ、そういうことは言っていないぞ。
「先に追加したルールは予算だ。今度は利益が出る。家を作れば家賃が取れるし、店を作れば収益がある」
新しく利益のルールを黒板に書き足して行く。
「下水道は利益はない。ただし下水道がないと家も店も利益がでない。道路も利益はとれないが道路があると店から利益がでる」
ルールが増えるとついてこれる者と難しくなる者が出てくる。
「当然ね」
「なるほど」
などと普段から金勘定と数字に強いアンヌやクラウディオが平気な顔をしている一方で
「だ、だんだん難しくなってきた・・・」
「ううむ・・・なるほ・・・ど・・・?」
「いや。何とかなる。いや・・・うん」
と、サラやゴルゴゴ、キリクも怪しくなってきた。
このまま説明を続けるとグループは理解が速いのと遅いので分裂してしまう。
しかし、こういう時に効果的な方法があるのだ。
「じゃあ、アンヌとクラウディオは説明してやってくれ。俺は少し準備がある」
元の世界でもセミナー等で意図的に参加者同士で話し合う時間を設けていた。
不思議なもので、同じぐらいの説明を受けたもの同士で話し合うとなぜか理解度が高まるのである。
わからない不安が解消されるのが大きいのだろうか、群を作りコミュニケーションをとる人間の本能に根ざすものなのか、理由はよくわからない。
楽しげに話し合う声を背に、俺は追加のルールを黒板に書き続けた。
さて、次のルールは少し難しいぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます