第755話 新しく新しいものを新しい方法で
「要するに、こういうことですか」
クラウディオが羊皮紙に熱心にメモを取りつつ要点を繰り返した。
「小団長は、新しく教会を建設するついでに新しい通りを造る許可を得た」
「そうだな。ついでだ」
印刷業を教会に譲り渡す報償として何が欲しいか、と問われたので教会が欲しいと答えた。ついでに教会へと至る綺麗な道も造ります、と宣言し了承を得た。
「そして新しい教会を核とした新しい街並みを造ろうとしている」
「その認識で合っている」
新しい道には新しい街並みが必要だ。
新しい街並みには「売り」となる何かが必要で、それは新しく設立される教会であるべきである、と結論した。信仰厚い信徒として何も間違ったことはしていない。
「新しい商売と新しいギルドも、設立するかもしれない」
「それもついでだ」
街が新しくなるのだから新しい商売も必要となるし、新しい商売には新しい職能組合が必要となる。人の営みとは自然現象に似て個人では止めようがない。
「そして、必要となる膨大な資金を、新しい仕組みで調達しようとしている・・・」
「そこまで新しくないさ。靴工房の資金を調達したのと同じ仕組みだ」
新しいことには金がかかる。だからお金を持っている人を集めて出し合いましょう、ということだ。互助と博愛の精神である。必要に駆られてのことであるから仕方ない。
「それは新しい仕組みですから!」
「怒るなよ。そうするのが合理的、というだけなんだ。いわば論理的必然の結論、というやつだ」
これだけ完璧な理論武装と論理の積み重ねで正しくあるべき答えに到達したのだから、論理を尊ぶ法曹の教育を受けた聖職者としては喜ぶべきことではないだろうか。
「新しい通りに新しい建物を造り新しいギルドと新しい商売を興して新しい仕組みで資金を調達する・・・それに新しい服もね。なんだか舌を噛みそうね。嫌いじゃないけど」
アンヌは演劇の女優として鍛えた滑舌で一息に論旨を要約してみせた。
「教会の方にどう報告したものか・・・」
「上層部の怒りを買いそうか?」
教会が強硬に反対するのであれば、計画の方向性を変える必要がある。
その場合は教会の全面的な出資で宗教的な通りとなるかもしれないが、それはそれで財務的なリスクなしで領地開発のための人材に必要な実務経験を積ませることができるので儲かりはしないが悪くはない。
「まさか!ニコロ司祭様はきっと嬉々として駆けつけてくるでしょうね。そして小団長と個人的な面談を望むでしょう」
「そいつは勘弁してもらいたいな。報告書にはしっかりと詳細を書いておいてくれ。いや、いっそ情報は握りつぶしてもいいぞ。現場を私的に裁量するのは官吏の醍醐味だろう」
「ダメです。必ず報告します」
若き聖職者は懐柔の申し出を頑として拒絶した。
現場の権限で汚職を働くつもりはないらしい。
「しかし金を集めるにしても、金持ちってのはケチですから簡単には出さないでしょう。副団長の義父は出してくれるかもしれませんが、それだけじゃとても賄えないように思いますが。もちろん小団長の口の巧さは認めますがね、奴らだって海千山千の商売の修羅場をくぐってます。そのあたりはどうしますかい?」
「まあ口が巧いだけなら詐欺師だって口が巧いからな」
大商人達のように大金を持っている人間には様々な連中が美味い話を持ちかけて来るものだ。しかし、その多くは言葉を変えた物乞いや単なる借金の無心であったりする。
そうした有象無象の情報の中から正しい儲け話を嗅ぎ当てる力量がなければ、大商人は務まらない。
「あんまり商人の格好も似合ってないものね」
「まあな」
サラの言うように、俺も冒険者をやめて随分になるが、未だに冒険者らしさを残しつつ、何となく身についてきた商人っぽさと、身につけようと努力中の代官という役人らしさが同居しているわけで「何者である」と一言で言い切れない中途半端な風采であるのは自覚しているところだ。
「要するに胡散臭いのよね」
と、この場でただ一人だけ服のセンスを備えたアンヌはバッサリと評するのだ。
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