第753話 新しい場所には新しいルールで
「ギルドが商売をすることに文句を言ってくるなら・・・」
「つぶすか」
ニヤリと腰の剣の柄を叩きながら物騒なことを言うのはキリクである。
剣牙の兵団が本気になれば武力の面で、この都市で逆らえる集団は少ない。
自力救済の世界において武力は万能のツールである。
被る損害の損得を天秤にかけて3等街区の小さな街の権利ぐらいは目こぼしせざるを得ない。
実際、剣牙の兵団の暴力には俺も何度も助けられてきた。
「今回はなしだな」
「そうかい」
少し残念そうにキリクは椅子の背もたれによりかかった。
最終手段としてはありだが、今はその時じゃない。
剣は抜かないときに最も交渉で効果を発揮する。
力は相手の意志決定に負担を押しつけるために使うもので、こちらの選択肢を縛るためであってはならない。
「そもそも、俺は暴力沙汰は好きじゃない」
剣牙の兵団から派遣されている護衛は俺の答えを鼻で笑った。
「じゃあどうするの?無視するの?」
サラの案も一案ではある。
そもそも我々を怖れて口を出してこない可能性も高い。
しかし一区画まるごと、となると工房の一つを見逃すのとは桁が違う。
稼ぎが増えてくればギルドの上の貴族連中が出てこないとも限らない。
教会のバックがついているので迂闊なことはできないとは思うが、それだけに現場を無視して雲の上で勝手な約束を交わされるリスクもある。
「教会もある程度は守ってくれるとは思いますが、ギルドの問題は複雑です」
要するに、我々が教会の利益になるよう動いているように、ギルドだって教会に喜捨を払っているので教会は中立の立場を保つだろう、ということだ。
「で、あんた何か考えがあるんでしょ?」
アンヌが苛立ったように声をあげる。
「そうだな。俺たちが商売をするとギルドを敵に回すなら、俺たちが商売をしなけりゃいい。そうだろ?」
「うん・・・んー?」
「まあ、それは理屈ですが・・・」
「商売はせん、ということか?」
戸惑う面子に向かってアイディアを続ける。
「簡単に言えば、建物は俺たちが建てる。そしてギルドの資格を持つ連中を店子にいれる。俺たちは店の賃料をとる。商売はしない。商売をしている連中に貸す」
「なるほどな・・・」
「いやしかし、この規模でそんなことが・・・?」
3等街区の建設予定地を少年たちに調査させた際に判明したように、建物を人に貸すこと自体は、3等街区でも普通に行われている。
ただ商売をするギルドの権利というのは、ものすごく強いものなので人に貸したりはしないし、多くの商売の権利は店舗や建物と一体であるのが普通である。
「建物と商売の権利を切り離す。その上で、できるだけ多くの人間が商売にかめるように権利の数を増やす」
「増やすって・・・どうやって?」
「それこそ日時や時間帯で分けるさ」
ここで先ほどの議論に戻ってくるわけである。
我々は箱をつくり、権利を細かく分けて利用権を貸す。
借りた相手は自分の権利を使い商売をする。
「ただし、店舗の内装やサービス、食事のメニューについては相談の上で同意した場合のみ契約してもらう。品質が低ければ入れ替えもする」
ギルド方式の良くない点は、ギルドに加入してさえいればどれほどサービスが劣っていても権利が守られる点だ。
もっとも、あまりに酷いと代替わりの際にギルドの加入を認められない、腕の良い弟子に席を譲るという形で長い目で見れば組織の新陳代謝が行われるのだろうが、数十年は長すぎる。
「相談ってのは?」
「そうだな。例えば屋台を出す際には、うちが指定したデザインの屋台を使う。材料は同意した場所で購入してもらう。身だしなみには気を使い用意した制服を着てもらう。食中毒を出した際には規定の罰金を払う、とかだな」
「・・・それは相談じゃねえな。兵隊の規則だ」
「同意できなきゃ契約しないだけさ」
「守らなかったら?」
「それこそお前さん達の出番だよ」
ギルドがルールを持ち出すのなら、こちらもルールを作ればいい。
どちらのルールが勝つか。それは商売が決着をつけてくれる。
「それに新しい場所には新しい商売が起こり、新しいギルドも必要とされる。それが自然の理ってものだ。そうだろう?」
今度は、キリクは鼻で笑わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます