第752話 空間と時間
サラのいう「朝市」というのは、早朝に都市近郊の農村から持ち込まれた肉、野菜、チーズや道具等のの交換市のようなものである。
市民でない彼らは2等街区に入ることはできないので、3等街区の街間商人達がいう馬車留め近辺の空き地で布を敷いて露店を出し銅貨や生活必需品などと換えているわけだ。
「新しい区画で出させるには少し単価が低いかな・・・」
「えー!!」
2等街区の住人を呼び寄せることを狙うならば、そうした3等街区の住人向けのサービスとは棲み分けを図る必要がある。
ブランド構築とは「何をするか」ではなく「何をしないか」が重要なのである。
剣牙の兵団や教会を味方につけて工房の靴を模倣した粗悪品が出回らないようにしているのも、同じ理由による。
「そうね。だってその人達はお金持ってないでしょ」
顧客の選別には俺以上に厳しいアンヌが口を添えた。
「でも、そうしたら職人さん達はどこで朝の食事の買い物をするの?」
「・・・そうだな。その問題はある」
今では工房で毎朝の食事を職人と家族に出すようにしているが、そうした食材も宙から沸いて出るわけではない。料理を安く作ろうと思えば手近の市から調達していると考えるのが自然である。
つまりは、新しい区画の計画にあたっては開発区画は2等街区の市民向けの観光都市という側面とは別に、3等街区の住人向けの生活都市の機能も満たす必要がある、ということだ。
「金さえあれば余所で買える」という考え方もあるが、それでは3等街区の住民達の生活環境の向上には繋がらず、却って反感を買う結果になってしまう。
とはいえ、土地の広さには限りがある。
では、どうするか。
腕を組んで考え込む。
周囲の視線が集中しているのを感じる。
「・・・分けるか」
「分ける?」
「広さに限りがあるなら、時間でわける。例えば朝は3等街区向けの朝市とする。もしくは礼拝で喜捨が必要な日と不要な日を作れば、実質的には2等街区向けのサービスと3等街区向けのサービスに分けられるはずだ」
「うーん?でも、そうするとお店の人が大変じゃない?」
「そこは考え方だな。店も朝と昼と夜で働く人を変えたっていい。時間帯だけでなく季節で変えてもいい。農村だって畑を耕す時期、種を撒く時期、収穫の時期で臨時に人を雇ったり助け合ったりするだろう?それを店でもやるんだ」
土地の効率を最大化しようとすれば、時間という資源を有効に使う必要がある。
そのために人員を融通する。働く人が多くなれば雇用が増える。
「・・・そんなのうまく行くわけがなかろう」
ボソリとつぶやいたのはゴルゴゴである。
「理由を聞いても?」
「そらあ、あれよ。靴屋は靴屋、鍛冶屋は鍛冶屋。職人はギルドに所属して、作る物も売る物も決まっとる。そんな朝は野菜を売って夜は酒を売るような真似はできんよ」
「なるほど」
ギルドという職能組合は「何をして良いか」が職人達の合意により厳密に決められている。
例えば鍛冶屋という職能一つとっても、馬具をうつ鍛冶屋と武器をうつ鍛冶屋でも全くことなるギルドに所属しているし、例え技能があっても職分を侵すような品をうつことは禁止されている。
既得権、というよりは都市という限られた市場で職人達の共倒れを防ぎ生産量を安定させるための互助的な仕組み、と捉えるべきだろう。
馬具屋や武器屋が過当競争で貧しくなって品質が落ちれば困るのは街の住人達なのだから。
「守護の靴を作ったときのようにはいかんよ」
冒険者の靴が靴ギルドからの干渉を受けないのは、剣牙の兵団の暴力もあるが本質的には新しい用途の製品で市場が競合しなかったからである。
もっとも小さな村や冒険者のような教会の生誕名簿の庇護の外にある人間のように自分たちの商売に直接的に関係しない人間達に対しては実際のところギルドも煩く言うわけではないのだが。
ギルドの干渉を避けつつ、3等街区の住人向けのサービスと雇用をどうやって新しい区画のビジネスに組み込むか。
もう少し、頭をひねる必要がある。
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