第748話 街にある機会

簡単にまとめた内容を黒板にカツカツと白墨で書いていく。


・街の設計を防備を考慮したものにする

・警備員を雇用し訓練する

・街の名前を決定する


どれも自分では気がつかないか目を逸らしていた問題ばかりだ。

やはり他人の知恵を借りるのはいい。


「他には?」


会議の参加者を見渡すと、アンヌが口を開いた。


「あたしはお芝居がやりたいわ」


「芝居か・・・礼拝がない広場の活用方法としてはありか」


司祭様のありがたい説教も、靴を奉納するパレードも毎日起きるものではない。

であれば、教会前の広場は別の用途にも転用される方が利益になる。


演劇やショーはパレードと並んでテーマパークにはつきものであるし、剣牙の兵団の凱旋式をプロデュースしたアンヌの手腕からしても人気のコンテンツになる可能性は高いだろう。


「広場周辺の建物の2階から演劇を見下ろせるように建てたら席料も取れるわよ」


「なるほど。儲かりそうだ」


広場を舞台に、周辺の店を観客席に見立てるわけか。

元の世界でも祭りの際にはロータリーに桟敷席なんかを設けていた記憶がある。

お金を節約したい庶民は1階で立ち見をし、小金のある層は優雅にワインを傾けながら芝居を楽しむという形が作れれば多少の席料を取っても文句は言われまい。


「それにしても、よく思いつくな」


「田舎を演劇公演で回ると、馬車のまま屋敷の中庭に乗り付けて芝居を公演することもあるのよ。そうすると館の窓から見られてちょうど席みたいな感じになるのよ」


小なりとはいえ貧乏劇団を切り盛りしてきたアンヌの視点は経営面で参考になる面も多い。

特に貴族や金持ち相手にどうやって気持ちよく金を出させるか、という一点における肌感覚の鋭さは到底及ぶところではない。


もっとも、最近はその「金持ちを嗅ぎつけるセンサー」が俺の方を向いていることもあるのが気がかりな点ではある。

サラにつねられる回数が増えるのは困るのだ。


「わしは上物のチャラチャラした店よりも、道に通す下水管というやつを、どの程度の太さにするのかが気になるな。それを道の真ん中に通すのか、端に寄せるのか。それと出口をどうするのか。下水をどうやって処理するのか」


それまで黙っていたゴルゴゴが下水管についての疑問点を挙げる。

3等街区の下水はせいぜい道ばたに掘られた浅い溝に沿って流されるもので、臭いはするし雨が続いたり手入れや掃除を怠るとすぐに詰まって汚水が路上にあふれ出す。

2等街区であっても、下水の溝が深くなって石の蓋がつくぐらいで基本的な設計に違いはない。


「下水管は道の真ん中、地中深く埋め込むよう建設する。太さは子供が立って歩けるぐらいに余裕をもたせる」


ゴルゴゴのイメージしている下水の溝と、俺が企図している下水管は違う。

管、あるいは煉瓦アーチ構造の完全な地中への埋め込み式で、メンテナンスをするにはマンホール等から中に人が入って掃除する必要がある構造の都市インフラである。


この構造にすると理論上は下水の臭いが上に上がってくることはなくなるが、この世界の衛生基準からすると「なぜそこまで?」と首をひねる人間がいるのも理解できる。

費用がかかるわりに街の見栄えも大して変わらない。

一般的な貴族であれば同じ予算をかけるなら街並の建物に彫刻を施したり、有名芸術家に依頼した彫像を街角に設置したりと、道路の上物に予算をかけるだろう。


しかし、その点について俺は譲る気はない。

下水臭さのない通りと街がいかに快適か、は議論するよりも造り上げて体験すれば理解される話であるし、逆に言えば言葉で理解される話でもない。


「その上で下水は革通りの下水と一本化した上で街外で処理する。処理は処理層にスライムを突っ込んでおくが定期的に駆除する」


俺が作り上げる街で住民が二階から糞尿や下水をバケツで放り捨てるような真似はさせない。そんなことをしなくても済むだけのインフラを作り上げるのだ。


「下水は子供が立てる高さってことは、掃除はガキ共の仕事になるのか?」


「そう考えている」


マルティンの確認に頷く。


駆け出し未満の連中には仕事が必要だ。

それも一時的な仕事でなく、有る程度は体が出来上がるまで定常的に勤められる仕事が。


教育も身元を保証する人間が街にいない駆け出し冒険者の子供達が職を見つけるのは難しい。例え下水管掃除とスライム狩りであっても、俺やサラの目の届くところでまともな飯と待遇の仕事があるにこしたことはない。


「それで仕事ぶりが良ければ店舗の下働きや警備の手伝いをさせてもいい」


ともかくも街で仕事に就いた経験があれば、冒険者なんかになるよりは遙かにマシな人生をつかむチャンスを手にすることができるはずだ。


一年で半分は死ぬか不具者となって「引退」するという冒険者の仕事。

そんな商売に農村から出てきた子供を送り込む側になりたくない。


全員を救うことはできない。けれど機会を与えることはできる。

教会の街を造るのだから、それくらいの慈善はあってもいいはずだ。

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