第747話 君の名は

都市の中に自分の言うことだけを聞く暴力を生業とする集団を雇用する。

それは私兵、というものではないか。


「冒険者のクランみたいなものでしょ?」


「小団長も、そろそろ兵隊を持ってもいい頃でしょ」


サラもキリクも警備員という私兵団の創設には無駄に前向きだ。


「いいじゃない。掏摸や泥棒がいない安全街ってのはお得意さまへのアピールポイントよ。それにお金を稼ぐなら金蔓の守りも堅くしないとね」


アンヌも賛成のようだ。


「2等街区の市民ってのは、街の食い詰めた連中や掏摸で食ってるガキ共からすると格好のカモなんで。警備の人間は要りますね」


自身が「食い詰めてガキ共を使っていた」マルティンが主張すると説得力が違う。


「・・・仕方ない。検討しよう」


反対する者はいない。費用は開発計画の中で出させるか、あるいは警備費を賃料に上乗せして取り立てるか。

しかし、これはどう考えてもショバ代とかそういうものでは・・・。


「副団長に相談するといいですぜ。怪我で長期の依頼に同行できないとか、所帯を持って落ち着きたいって連中も団員に何人かいますから」


憂鬱な人の気も知らず、剣牙の兵団との連絡員は嬉しそうに具体的な提案をあげてきた。

キリクのように指揮と訓練ができる人員が中核にいれば、例え素人を雇ったとしても街の衛兵くずれよりはよほどマシな警備員に仕上げてくれそうではある。


「教会から派遣は?」


と、最後に苦し紛れに悪足掻きしてみるも、クラウディオからは


「教会周辺だけなら臨時に警備も出せますが、できるのは拝礼の整理ぐらいです。そもそも教会に暴力を働いたり泥棒を行うものはほとんどいませんので」


と、つれない答えが返ってきた。

自分で稼ぐ金は自分で守れ、ということだろう。

さすがの自力救済社会である。


「ケンジ、そんな事よりもっと大事なことを決めないといけないと思うの!」


俺が「暴力集団を雇いショバ代を徴収する自分」のセルフイメージに打ちのめされているというのを「そんな事」で片づけたサラが、意気込んで黒板に白墨で「大事なこと」をカツカツと音をさせて書いていく。


少しして書き上げられたそこには、多少たどたどしさの残る大きな字で「通りに新しい名前をつける」とあった。


「名前か・・・」


「確かに・・・そういえば決めていなかった」


サラの提案は当たり前すぎて、かえって全員の意表をついた。

今後、どのように仕事と議論を進めていくにしろ、名前は必要である。


かといって「新規道路及び下水道着工に伴う周辺地区再開発及び教会施設工事案件」なんていう正確ではあっても長すぎる名前は誰も憶えてくれない。


「しかし、そもそも儂らが決めていいものなのか?教会の方で決めたりとかは?」


ゴルゴゴが懸念するように、話は不要なまでに大きくなってしまっているが、元々は新しく教会を建設する話なのである。

であれば、教会の名前が通りにつくのが自然、というものだろう。


「どうでしょう・・・?教会としては賛成しないかもしれません」


「なぜじゃ?名誉なことじゃろう?」


「商用地区に教会の名を冠した道路ができるのは名誉を与えすぎるとか、予め名前をつけるのは工事が失敗したときのリスクが大きいという意見がでる気がします」


クラウディオの言い分を翻訳すると「教会を用いて金儲けをしても良いが前面に出し過ぎるのは良くない」ということか。何事も建前は大事なのである。

それに最近はニコロ司祭の派閥が利益を稼ぎすぎ、勝ちすぎている、という噂も聞く。

対抗する派閥の連中が工事の妨害などに来ては面白くないことになる。


「すると俺たちで決めてしまった方が良いわけか。実用上でもリスク管理上の必要からしても」


どうせプロジェクト実行上の仮の名前に過ぎない。

区画の呼び名は、そこを利用する人達が自然に決めることになるだろう。


「それに教会の権利面は心配する必要ないと思いますよ。通りの名前が新しく決まれば生誕名簿の方も修正する必要がでてきますから、教会はそちらの面で喜捨を受け取ることになるでしょう」


さすが伝統ある巨大組織。どこからでも集金する手段を持っている。

俺のようなショバ代の徴収に怯むポッとでの工房主とは年季が違う。

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