第749話 巡り巡って君の名は

「あとは名前・・・か」


新規に開発される区画に便宜上の名前をつけること。

実はこうしたネーミングセンスについては苦手な分野だ。


「単純に新区画とかでいいんじゃないか?」


と初期案を挙げたところ


「ダメに決まってるでしょ!なにそのやる気ない上に優美さもない名前は!?そんなんじゃ上等な客が来ないでしょ!」


アンヌに猛烈にダメ出しされた。

そんなにボロクソにけなさなくてもいいのに。


「上等な客が来たくなる名前か・・・」


「そうよ!名前ぐらいちゃんとしてなきゃ、3等街区なんてところに2等街区の女性や子供が来るわけないでしょ?」


言い方はともかく一理ある。


「じゃあ新教区とかどうだろう・・・?」


「満ち足りた道とか?お料理がいっぱいありそうだし」


「城塞通りとかなら安全っぽいじゃねえか」


「臭わぬ下水の道でええじゃろ」


それぞれ名前を挙げてみたが、どうにもピンと来ない。

こういうのは広告代理店の連中が得意なんだがな・・・。


ネーミングのアイディア出しについての手法自体は幾つか知識としては知っているので、それらを試そうか迷っていると


「・・・名前はあたしが考えるわ」


呆れた顔のアンヌが自分でネーミングを考える、と言ってくれた。

ここは情熱を持った人間に任せるのがいいかもしれない。

俺は手法を相談された場合にアドバイスする側に回った方が良い仕事ができそうな気がする。


「それで? 教会とか食事処とか下水とかはわかったけど、通り全体はどんな風にしたいの?名前を決めるなら、そういうのがわからないと」


通りのネーミングを任されたアンヌが問いかけてきたのは「通りのコンセプト」についてだ。結局のところ、全ての問題はそこに帰結する。


「そうだな・・・2等街区と同じ用な見た目の建物や何かを並べるのはどうだろう?」


模倣する、と言うと聞こえは悪いが2等街区の人々に親しみやすいデザインで統一する、という言い方もできる。

3等街区に対する偏見のある市民達の警戒感を引き下げる効果が期待できる。


「剣牙の兵団の事務所の近くって、綺麗で美味しいお店とか多いものね。ああいう店が近くにできたら嬉しいかも!」


「ダメね。それなら2等街区の市民達は2等街区の通い慣れた店に行くわよ。2等街区より劣った店しかないのに、どうして危険かもしれない3等街区に行くの?」


「それは・・・そうだな」


アンヌが言っているのは「顧客への訴求ポイントが曖昧である」ということである。

2等街区の住人が憧れや非日常感を感じたくて行く場所であるなら、斬新なコンセプトが必要になる。


「2等街区の市民の憧れ・・・非日常感・・・例えば1等街区の通りを真似するとか?」


人間というのは異なるモノにも憧れるが、上の世界にも憧れるものである。

2等街区市民の憧れといえば、厚い城壁に護られた1等街区の貴族や大商人の住まう街だろう。そうした少し贅沢な体験ができるとなると、客達の満足度もさぞかし・・・


「いや、なしなし。無理だ」


途中で思いつきを否定する。


「どうして?お金の問題?」


「それもあるが、場所だ。空間が足りない」


「空間?」


空間デザイナーなんていないよな。

これは俺の言葉の選択が悪い。


「演劇の劇場で例えると、天井が高く舞台が広くて観客の席と席の間が広いってことだ」


3等街区の住人としては珍しいことに、俺は何度か1等街区の壁の向こう側に呼び出されたことがあるーーーだいたいは命に関わる嬉しくない用事でだが。


この街の貴族や大商人が住まう1等街区は、道は綺麗な石畳で舗装された上に掃き清められ、広場には清潔な水を惜しげなく吹き出す噴水や、短く刈り込まれた広々とした芝生の庭園を備えた瀟洒な屋敷が並んでいる、不潔で厳しい生存競争にさらされている3等街区の住人にとっては、まさに別世界だった。


その贅沢さは城壁内の街区という限られた空間を広い庭や低い階層に代表される「空間を無駄に使う」ことによって成り立っている。


「そういや、えらく広い場所でしたな」


道は広く庭も広く屋敷も広い。それが1等街区の街並みの贅沢さを構成している要件なわけで、場所も限られた新しい区画を造るのに参考にはならない。


別の「2等街区の市民に訴える」コンセプトが必要なのである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ここで読者の皆様へのお願い。

新しい区画の名前についてアイディアを募集します。期限は明日の16時まで。


■区画の名前:(他の人のアイディアへの賛成でもOK)

■名前の理由・由来:(賛成の理由でもOK)


という形式で感想欄に書き込んでもらえると作者が参考にします。

よろしくお願いします

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