第723話 報告しないという報告
「襲撃があったんです。それも、何度も」
「誰か怪我した人は!?」
留守を任せていたクラウディオの報告にケンジが答えるよりも早く隣で声を上げたのは、サラである。
機先を制された形になったが、あらためて確認する。
「・・・で、職人や家族に怪我人はいなかったのか」
「昼間は嫌がらせ以上のことはありませんでしたから。夜間は剣牙の兵団の方達が警備して下さいました。ただ、取り押さえる過程で工房内の設備に少し被害がでました。既に修復は済んでおりますが」
「そっちはいい。物なら直せる」
3等街区とはいえ、働く職人達は歴とした市民階級であり教会名簿にも登録された街の正式な住人である。
市民を傷つければ治安問題になる。流れ者の名簿離脱者である冒険者達へのそれとは違う。
襲撃者の背後にいる存在も市民階級に対する明らかな攻撃は避けた、ということだろう。
「しかし襲撃に関する報告はなかったように思ったが」
「その・・・靴の生産に支障はありませんでしたので。安全については剣牙の兵団の方で保証するから、と」
ジルボアの仕業か。余計なことを・・・。
報告書の形式に靴の生産に関する指標と、相談すべきことが発生すれば報告するよう求めてはいたが、上位の人間に「こちらで報告しておく」と強調されれば報告しないのが、教会の組織人であり人治主義の組織文化が強く残る環境で育成されたクラウディオの取る行動としては自然な振る舞いだろう。
文書主義。報告の徹底。遠隔地での適切なマネジメントのためには、なかなか越えるべき壁が高い。
壁と言えば、この壁もそうだ。
革通りを封鎖するように築かれた壁は、内側から観察してみれば以前に検討した荷車を移動させて門を封鎖する案を発展させたものに見える。が、よく見れば固定するための鎖や、小さな矢狭間のような穴が空いていたりと、かなり攻撃的な代物に仕上がっている。
計画したときの「遺棄されたように見える荷車で封鎖」というカモフラージュを兼ねた設備を、不在時に行われた複数回の襲撃が「頑丈な門を設ける」という威圧と防御に振り切った方向性へと案の方向性を変えさせたのだろう。
「壁というか、要塞だな」
そして門の内側に入った革通りのすぐ左右の家には、見えにくく偽装された見張り台がある。
開門前に聞こえた笛のような音は、そこから合図されたものだったのだろう。
見張り台に立っている人間の姿はよく見えないが、何か棒のようなものを持っているようだ。
「杖投石器を持たせています。訓練は欠かしていませんから」
クラウディオが補足した。
頑丈な門。見張り台には武装した人員、か。
工房を作ったつもりはあっても、要塞を建設したつもりはなかったのだが。
「怪我人が出なかったのならそれでも良し、か」
実際のところ、職人達がいかに張り切ったところで剣牙の兵団が警備するよりも戦闘力がある、とは言い難い。
だが「自分達でできることがある」と信じて行動することは無力感を抱えて膝を抱えるよりは余程いい。
今回は職人達の工作能力が少しばかり暴走したようだが。
「教会の問題が落ち着いたら、少し見えにくい形に改装させるか」
伯爵の黙認、教会と剣牙の兵団の後援があるとはいえ、元より排他的で白眼視されやすい革通りでここまで物々しい警備がなされていれば、街の一般の住人達の不安をかき立てることもあるだろう。
「それで、あれは何なんだ」
先ほどから気になっていた、職人達とは別に長い列を形成している格好のよろしくない子供達。
「そっからは、俺が話しますよ、小団長」
クラウディオの後ろから声をかけてきたのは片足に板金鎧の膝をつけて引きずるように歩く男。
「えーと・・・お前は?」
「へへっ。俺ですよ。今ではかなり真面目にやってるつもりですがね。マルティンですよ」
以前は街で子供達の上前を跳ねることで生計を立てようとして剣牙の兵団に絞められた元冒険者。
マルティンだった。
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