第724話 ピンはねマルティンの才覚
”ピンはね”マルティンの記憶と目の前の男を一致させるまで、一呼吸の間が必要だった。
なにしろマルティンの印象と言えば、髪も髭も伸び放題、吐く息は酒臭く、腫れて青あざだらけの泣き顔、という碌でもない冒険者崩れ、というところだったわけで。
「少しはまともな暮らしをしているようだな。依頼の代読と斡旋はうまく行っているのか」
「へへっ。おかげさまで心を入れ替えまして」
子供の上前を跳ねるような真似を止めさせる代わりにマルティンには冒険者ギルドでの仕事を斡旋したのだが、苦情が来ないところを見れば、まあまあ上手くやっているのだろう。
息も酒臭くなく、衣類は粗末だが洗濯されており、髭はきちんと剃られて髪も短く刈られている。
荒れた暮らしをしていると、それが自然と格好に出るものだ。
今のマルティンからは自堕落であった一時期よりはマシな暮らしをしているように見受けられる。
「小団長がいなくなってから、工房では人手が足りなくなってきまして」
クラウディオが状況を説明する。
それはそうだろう。
元々、靴工房の体制も生産の人員に余裕はなかったのだ。
職人の奥さんや子供達を工房の清掃や道具の片づけ、食事の提供、いわゆる間接業務に雇用対策を兼ねて従事してもらうことで、かろうじて増大する一方の需要に応えていたのだから、そこに従来には必要なかった警備業務が加われば人員計画に破綻を来すに決まっている。
「で、そこで俺が言ったわけです。この街には暇を持て余している連中がいますよ、と」
「それが、ここの子供達というわけか?」
「スライム取りのガキども、ですよ。小団長」
マルティンが訂正した。
「また酷い扱いしてないでしょうね?」
サラがマルティンを小さく睨む。
「まさか!ちゃんとしたレートで買い取ってますとも!ねえ、クラウディオの旦那!」
「ええ。こちらで、きちんと記録を取っています。これが子供達のためになっていることは、私の方でも保証しますよ。何しろ注文が増えて数が必要なので、全部が規格に合う訳じゃありませんから」
冒険者の靴の
とはいえ怪物由来の核は工業製品ではないので、都合良く素材と靴のサイズが一致する、ということはない。
そこで冒険者ギルドに依頼を出して安価に大量に集め、後で選別して規格にあった品だけを採用する、という方式を工房では取っている。
「で、そいつらだって一日中スライム取りをしているわけじゃありません。場所も限られてますから時間交代になってますし」
と、街のスライム取り達の意外な実態が披露される。
「ずいぶん公平にやってるじゃないか。もう少し腕力にものを言わせた世界になると思っていたが」
「俺が剣牙の兵団に拉致られてぶん殴られたんで、ガキどももすっかりぶるっちまったみたいで」
マルティンの説明に、周囲の者達も苦笑する。
なるほど、あのときは大人向けにメッセージを発したつもりだったが、子供にまで別の形で伝わっていたわけか。
「で、時間ができた連中が、何か仕事はありませんか、と俺のとこに来たんでさ。俺は冒険者ギルドの掲示板のとこに1日中、椅子を出して座ってますんでね」
「
「当然だな」
クラウディオの注意に頷く。
靴工房内には靴の完成品は元より、製造の治具、中間製品や材料など、盗んで持ち込むところに持ち込めば一財産になるものも多い。
これまで路上でスリや盗みをして食いつないできた食うや食わずの子供が、そうした財産を目の前にして誘惑に駆られないでいられるか、大いに疑わしい。
まして現在では聖職者や貴族向けの高級靴なども取り扱っており、盗難事件が起きれば今の情勢下では政治的な問題に発展する可能性もある。
俺の立場が危うくなるということもあるが、そうした犯罪を犯した子供は死刑にするのが慣例だ。
つまらんことで、子供を殺したくない。
「それで、信用できるガキを判別する方法を考えたんです」
「ほう、どうやるんだ」
「スライム取りのガキ一人一人に鑑札を渡して、納品の履歴を記録するんです。持ってきたスライムの核の数、素材の状態、納品の間隔、納品時の受け答え、ですね。ちゃんと仕事してるガキには多めに報酬を渡してます」
工房前に並んでいる列は、納品の記録をつけているらしい。
つまりは、行動による
「面白い。いや、これは面白いな!マルティンが考えたのか?」
「まあ苦し紛れなんですがね。生活もかかってますんで」
この街では、信用は基本的に身分、財産、
だから身分が底辺で財産がなく街の身内のない冒険者には信用がない。
その中でも実績がゼロの子供は信用などゼロどころかマイナスである。
信用がなければ仕事が来ない。仕事が来ないから実績が積めない。実績がないから信用がない。
駆け出し冒険者にもなれない子供にとっては、出口のない負のループだ。
その状況を、この小さな仕組みは変える可能性がある。
十分に信用できる実績を積んだなら、それを靴工房か剣牙の兵団で保証してもいいわけだ。
見習いに雇ってもいいし、別の雑務をさせてもいい。
「で、そいつらマシなガキどもで街の噂を集めさせることにしたんでさ」
ところが、マルティンの話は妙な方向に転がりだすのだ。
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