第709話 襲撃者との問答

「来たわよ!」


屋根で見張っているサラが声を上げたのは、陽も傾きかけた頃合いだった。

代官屋敷は村の入口から先まで見渡せる小高い場所に立っているので、その屋根からだと相当に遠くまで見渡せる。


「どっちだ?」


そう確かめるに留めたのは、屋根には大勢の人間が登るだけの場所がないからだ。

それに弓兵のサラの視力はここにいる誰よりも鋭い。

じっと彼女の判断を待つ。


「うーん・・・どっちかしら?なんかチラチラ光ってるのはわかるんだけど」


武器の光が反射しているらしい。これで無関係の商人、という線はなくなった。


「それで数は?」


「そうねえ・・・10・・・20人ぐらい?」


微妙な数だ。剣牙の兵団の援軍とも取れるし、敵の襲撃の可能性もある。


援軍が来る前に襲撃する、ということで急遽傭兵を雇うのであれば、10から20人というのは、一団の人数としては標準的な人数と考えられる。


「敵ですな。残念ながら」


ところが、あっさりとキリクは敵だと断言した。


「根拠は?」


「団長か副団長なら、足の速いやつを1人、先に伝令として出してきますよ。ダラダラと集団で歩いてきたりはしません」


行動が剣牙の兵団らしくない。よって武器を持って近づいてくる集団は剣牙の兵団ではない。すなわち、敵である。

明快な論理だ。反論の隙がない。


「キリクは敵だ、と言っているがどう見える?」


「言われてみたら、なんかだらしない歩き方してるかも。団長さんのところの人達は、もう少しキリッとした感じがするわね」


となれば、戦いである。

かねてからの計画通り、全員が配置についた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それからしばらくの間、唯一開放していた窓の鎧戸も閉めて、ひたすらに敵を待ち受けた。

隙間から敵集団を覗いていると、小高い屋敷への一本道を、隊形もとらず団子になって歩いて上ってくる。


「何だかずいぶんと練度の低い連中だな」


「まあ、金で使い捨てに雇われた連中なんて、あんなもんでしょう。それよりほら見てください。一人、ぴかぴかの鎧を着ている奴がいますよね。あれが指揮官です」


言われてみれば、20人ほどのまちまちの武装をした連中の中に、1人だけ場違いな板金鎧(プレートメール)と顔まで覆う重兜(フルヘルム)を被っている。


「ずいぶんといい鎧を着てるな。あれじゃあ目立って仕方ない。第一、歩くには重いだろう。行軍が遅れたのはそのせいか?」


「かもしれませんがね、板金鎧ってやつは、一流の職人が作るとけっこう軽いんでさ。それに上衣(サーコート)にも紋章がない。あれで一応は身分を隠してるつもりなんでしょうぜ。しかしあの鎧と中身・・・いい身代金(かね)になりそうですな」


舌なめずりをするキリクはを見ていると、どちらが襲撃者で蛮族なのかわからなくなりそうだ。


「来ましたぜ」


言われてみれば、いつの間にか連中が閉じられた正門前まで近づいてきている。


作戦開始だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「その集団待て!お前たちは何者か!一体何の用だ!」


武器を携えて集団で代官屋敷に近づいてくる集団に「何者だ」という誰何もないものだが、そこは一応は形式という奴である。

張り出し窓の一つを開けて問いかけると、板金鎧の男が一歩、前に出てきた。


いったいどんな言い訳を捻り出してくるのか、と待ち受けていると、愉快なことを言い出した。


「我らは近傍に出没する山賊を追っている!そして善意の村人から、この村に山賊が逃げ込んだとの情報を得た!屋敷を捜索させてもらいたい!」


善意の村人、山賊を追補している、と来たか。山賊として村に斥候を潜入させておいて、よく言う。


「援軍は無用である!山賊ならば既に討ち取り、手厚く葬った!早急に屋敷から立ち去ってもらいたい!」


山賊は葬った、と断言すると板金鎧の男に少し迷いが出たように見える。

おそらくは符丁の羊皮紙と欠けた印章がどうなったのかを確かめたいのだろう。


証拠の隠滅か、それとも印刷技術の奪取か。

目標が2つになり、判断に迷いが出たのかもしれない。


急に何か相談を始めると、集団の中から傭兵3人ほどが別れて教会へ向かうのが見えた。


戦力の分散はこちらの意図した通りだが、現実に農民を囮にすることに少し背筋が冷たくなる。


大丈夫。連中の目的は死体を掘り返したいだけだ。

100人からの農民が農具を構えていれば、そうそう下手なことも出来ないはずだ。


懸命に自分に言い聞かせる。


作戦どおりだ、問題ない。


それにしても、口の中が乾く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る