第710話 襲撃の結末
板金鎧の男と問答をしつつ目で人数を数える。
見えている範囲で16人。教会に向かって離れていったのが3人だから総計19人。
武器も確認する。槍が6人。弩を持つ者はいないようだ。
他の男達の武装はわからない。
「早急に屋敷から立ち去ってもらいたい!それとも何か他意あってのことか!」
視線を板金鎧に据えたまま、後ろ手で6、0と数字を作り室内のサラに合図する。
槍が6本、弩が0、だ。
槍はこちらの人数が劣る場合、非常に嫌な武器だ。
囲まれて一斉に突き出されるだけで、こちらの動きが制約される。
「我らにも山賊を追う任務がある!屋敷の捜索を認めてもらいたい!」
それと、弩が相手方にないのは助かった。
弩というのは威力は大きいがデリケートな武器だ。
整備には技術も資金も要る。使い捨ての傭兵が持てる装備ではない。
これで、こちらが圧倒的に有利であることが確定した。
「断る!そもそもこの領地は教会司祭の領地であり、私は代官として土地と人民と財産を守る義務がある!貴君はどなたの命により、その神聖な権利を犯すのか!」
「それは言えぬ!だが貴い方の命であることは保証しよう!」
相手も口上と屁理屈では、なかなかに粘る。
だが、こちらとしてはそれでも構わない。
舌を動かすだけで時間を稼げるのならば、安いものだ。
こちらの作戦意図は、時間を稼ぎ日が暮れるのを待つ。その一点に尽きる。
屋敷の守りは堅い。
代官屋敷は首になった前代官の方針もあって一階部分の石壁は厚く、窓は高所にあり、鎧戸も頑丈にできている。
加えて正面玄関の扉は二重に横木で閂がかけられるようになっていて、ちょっとした砦なみの防御力が期待できる。
今、自分が敵の板金鎧と話している張り出し窓からして、外敵が正面玄関を突破しようとする際に、弩で狙撃するための設備である。
村人の税収を絞り上げて何をしているのか、と思わないでもないが、この際は非常に心強い。
見たところ敵は強盗の準備はしてきているが攻城の準備はしていないようだから、突破には相当苦労するはずだ。
そして、こちらには剣牙の兵団の弩と鳥を射落とすサラの弓の腕がある。
連中が迂闊に身を晒して近づいてくれば、板金鎧ごと射抜かれるか、他の傭兵であれば弓矢の餌食だ。
連中も馬鹿ではないだろうから、守りの堅さがわかれば兵を一度引くだろう。
行軍してきたその足で勝つ方策のないまま夜戦をするほど士気も高いようには見えない。
村の近辺で連中が野営をするようなら、地図で地形を把握しているこちらから夜襲をかける。
そうして明日の朝まで時間をかせぐ。最悪、昼まで時間を稼げば援軍は来る。
要するに、最小限の犠牲で勝つ算段はついている。
ミスをせず、冷静さを保てば犠牲無く勝てる。そういう種類の戦いだ。
「まずは門を開けてもらえないか!話がしたい!」
板金鎧が相変わらず吠えている。
言葉を交わすのはいいが、距離を詰められるのは面倒だ。
さて、どう答えてやるか、と軽く唇を舐めていると敵の板金鎧が後頭部をこちらに向けているのに気がついた。
周囲の傭兵達の槍も、後ろを向いている。
まさか援軍か。
だが、視線の先に見えたのは村の入口から隊列を組んでやってくる剣牙の兵団ではなかった。
むしろゾロゾロとした人の塊が、集団でこちらにやって来る。
その数は、100人以上になるだろうか。
まさか、あれは。
「村の人達じゃない!?教会に篭ってるように言ったのに!」
サラが悲鳴のような声をあげた理由は、俺にも見えた。
連絡役の子供まで混じった大勢の農民が、護身用に渡した鋤や脱穀棒を振りかざし、こちらに向かってきているのだ。
「代官様をお救いしろーーーっ!」
「山賊を追い出せーーっ!」」
こっちの計算が台無しだ!
「キリク!後ろから奴らを襲え!今ならできるな!」
「任せて下さいっ!」
村に潜んだ密偵達を一掃した時と同じ重装備に身を包んだキリクは素早く階下に降りると、正面玄関の閂を外して背を向けている傭兵団に斧槍を振りかざして突撃した。
それはまさに、黒い嵐だった。
正面から迫る大勢の村人の圧力に気をとられて背を向けていた傭兵団は、キリクが長大な斧槍を3回奮っただけで、その半分の戦闘力を喪失した。
慌てて向き合おうと抵抗した傭兵たちは、さらに悲惨な運命に遭った。
キリクが斧槍を振るたびに、武器か、手足が一本ずつ切り飛ばされ、5回も振り回すと抵抗できる気力のある傭兵はいなくなった。
「降伏しろ」
キリクの唸るような声の勧告に、ただ一人無傷で立っていた板金鎧の男は、ガラン、と剣を投げ捨てると初めて兜の面頬を上げて、こちらを見上げた。
「名誉ある扱いを要求する!」
これだけの目にあって、なかなか挫けないやつだ。面白い。
「教会の名において、貴殿の安全を保証しよう」
だから、こちらも窓の上から相手の目を見ながら鷹揚に頷いてやった。
頬まで髭が生えているが、童顔でもある。意外と若いのかもしれない。
代官の危機に駆けつけてくれた大勢の農民達は事態の変化について行けず、ひたすらに口を開けたまま芝居のようなやり取りを眺めていた。
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