第697話 街からの手紙

領地の経営がどうにかこうにか回りだし、労力的にも余裕ができたので教会を通じ2度目のレンズ豆購入を依頼することにした。


「農家の人達には植えるだけの豆が行き渡ったでしょ?まだ買うの?」


「倉庫も空いているし、出稼ぎ農民達にも豆で支払っているからな。余裕が欲しい」


それに、報告書で教会の方に働きかけているところの"教会資産に占める在庫の豆の評価による流動資産化と現金化"がすすめば、質の良い豆は高騰するはずなのだ。


ゴルゴゴの製造した豆選別器さえあれば、保存しておくべき大粒の豆を選り分けて倉庫に積み上げておくことができる。値上がり確実な金の豆、というわけだ。


インサイダー情報の提供者として関連法規のないこの世界で、多少は良い目を見ても構わないだろう。

これからの領地開発に資金は幾らあっても多すぎるということはない。


「それに豆がないと鶏の餌がなくなるぞ」


「だめよ!そんなことしたら卵が産めなくなっちゃうじゃない!」


庭の一角を占める立派な鶏小屋に住む鶏達は、昼間は庭の屑野菜や虫などを勝手に喋(ついば)んでいるから栄養が足りないということはないだろうが、主食は屑豆であったりする。


ゴルゴゴの豆選別器を使用すると、今のところ豆を4種類の山に分けることができる。


1つ目は、大粒の豆だ。これは後に商品作物としての現金化を睨んで倉庫に備蓄されるか、種豆として各農家に配布されている。

2つ目は、普通サイズの豆だ。これは報酬として出稼ぎ農民達に支払われたり、普通に食品として消費されている。俺達もこの豆を食べている。

3つ目は、割れたり欠けたりしたクズ豆だ。豆が割れていると保存がきかないのでペーストして加工食品にしたり、単に家畜の餌にしたりする。

4つ目は、豆の鞘や茎などの可食以外の部分だ。選別器を使ってみて驚いたのだが、普通に業者から購入すると、こうしたゴミの部分が存外に大きい。


豆が救荒作物的な低価格商品扱いで人手をかけてまで分別する必要がなかったのが、その理由だろう。


前回の街間商人は、ずいぶんとクズ豆の割合が多い荷を売りつけてくれたものだが、今回は改善されていることを望みたいものだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


教会を通じて豆の追加購入を依頼すると、数日後に街間商人が2台の馬車でやって来た。


理由はわからないが半地下の倉庫で豆を分別する間ずっと、妙に顔色が悪いのが気になったが、運ばれて来た豆の品質は前回よりもずっと向上していたので、こちらとしては文句はなかった。


分別した後の倉庫への搬入作業も、出稼ぎ農民達の労働力は余っている。

豆の搬入自体は、拍子抜けするほどの速さで終わってしまい、街間商人は逃げるように去って行った。


作業の指揮はキリク、立会はサラに任せて俺は何もせず報告を受けるだけ。

仕事を任せられるというのは、楽でいい。


とはいえ、人に仕事を任せて空いた時間の分は、人に任せられない仕事が回ってくるものだ。


街間商人は、豆の他に厳重に封をされた羊皮紙も携えてきていた。


「・・・なかなか治まらないな」


手紙は教会からの私信という形で、靴工房を任せている聖職者のクラウディオからの報告書だった。

靴工房へ侵入を企む賊の襲撃が止まず、今のところ生産に支障はないが街へ戻るのは延期した方が良い、との内容である。


印刷業の主導権争いに巻き込まれるのを避けて領地に赴任して、約ひと月になる。


そろそろ教会内で綱引きに決着がついて、しかるべき利権の分前が決定する頃だと思っていたのだが、想定が甘かったか。


「どう思う?考えを聞かせて欲しい」


全員の安全に関わることなので、急遽会議を開いて意見を聞くことにした。

事態に関する仮説はあるが、他人の視点も欲しかったからだ。


「副団長が警備してるんですよね?であれば、何の問題もないと思いますが」


キリクの言うとおり、安全面の心配はあまりしていない。

そもそも、あの街で剣牙の兵団以上の実力を持つ集団はいないだろう。

貴族の軍隊が攻め寄せたところで、革通りに立て篭もって迎撃すれば幾らでも持ち堪えられるはずだ。


「問題は、なぜ騒乱が長引いているかだ」


「その点は、たしかにおかしいと思います。教会内の政治は基本的には法と対話を通じて行われるものです。代官様は今では立派な有産市民です。その財産を不法に侵害する行為は教会の理念に合いません」


パペリーノの言い分は正しい。

なぜなら、教会は合法的に裁判という対話を通じて市民の資産を押収することができるからだ。

なにも後ろ暗い方法で暴力に訴える必要はない。


なにしろ、この領地の代官の地位も、ニコロ司祭との対話を通じて合法的に取得したものである。

そこに俺の自由意思や選択権があったか、というと大分怪しいものであったが。


「じゃあ、教会じゃない人がやってるってこと?ケンジ、恨まれてるものね」


「妬まれている、というならわかるが、恨まれているとなるとな・・・」


敵がいないか、と問われると難しい。

俺の事業で既得権を脅かされる立場の人間がいない、とはとても言えないからだ。


だが、その多くは零細な靴の工房、うだつの上がらない冒険者、物流を担う街間商人であったりで、とても剣牙の兵団に喧嘩を売るだけの武力も度胸も財力もない連中だ。


「そうなると・・・少なくとも街の大商人。あるいは貴族、もしくはその双方、ということになりますかね」


パペリーノの指摘に、全員が苦い顔をした。

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