第689話 公益と私益と冒険者

翌朝、出稼ぎ農民の男たちが仕事を求めて集まってきた。


鶏小屋を作ったときの反省から、時間は日が昇ってからと指定した上で集合場所を村長宅としたので、大きな混乱は発生しなかった。


今は、家屋の解体について講習を行っているのだが。


「まあ家を解体した経験のある連中なんぞいないでしょうから、教えるのはいいとして。見てくださいよ。連中、なんだかよくわからん、って顔してますぜ」


キリクが指摘するように、せっかくのゴルゴゴ講師の熱演が空回りしている気配がする。


少しだけ考えて、口を挟む。


「解体については、いくつかの組に分けて作業してもらう。最も丁寧に解体した組については、追加の報酬を払おう」


報酬という言葉を聞いて、聴衆の目が途端に熱を帯びる。


「現金なものですね」


少し呆れたように呟くパペリーノに、釘を刺す。


「そうじゃない。家屋がリサイクルされて村の利益になったとしても、それが個人のところまで落ちてこない限り庶民にとっては関係のないことだ。公益と私益を合致させないと仕組みは動かない。


今のは自分の失敗だったな。悪い意味で代官様になっていたようだ」


それでも、とっさにカバーできて良かった。

それができたのは現場に足を運んでいたからだ。


知恵が足りないなら足を動かせとは、よく言ったものだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「昼食にしますよー!」


手伝いの女性達が大鍋で煮込んだ豆と麦の粥に、労働者達が殺到する。


「やれやれ、これが楽しみで来たんだ!」


「やっぱり働いて食う飯は美味えな」


ガヤガヤと器と匙を抱え、輪になって明るい顔で話し込む男たちを見ていると、経営者の仕事とはまず仕事を作ること、という言葉が思い浮かぶ。


「進捗の方はどうだ?」


「まあまあじゃの。半分は使い物になるんじゃなかろうかの」


「半分か・・・」


部材の状態を見て回ったゴルゴゴの報告は、予想を少し下回る。


「そうは言うがの。碌な道具もないんじゃから、そんなものじゃろ」


家屋の解体には、建設と同等かそれ以上の技術が求められる。

それを人海戦術で何とかしているわけで、ある程度の破損があるのは仕方ないところか。


「まあ、破損した部材で遊具は作れるじゃろうしな。少し勿体無い気もするがの。丸太でも使えばいいんじゃろが」


「伐採は、まだ無理だぞ」


「わかっとるわい」


木を切り出す。いわゆる伐採が、この世界では元の世界とは比較にならない危険を伴う。

森は怪物の領域であり、伐採をしている最中に魔狼が襲い掛かってくることを考えると、怪物を討伐できる警備の人間を置いた上で伐採に臨まないと危なくて仕方ない。


伐採した木材を運搬する際にも警備の手間は同じなので、費用の分、未加工であっても木材には高値がつく。

それを家屋に使えるような材木にするには、乾燥と人力による加工という手間がかかるわけで、家屋に用いられている材木はリサイクルに回される高級品、ということだ。


「まさか伐採の間、キリクを立たせておくわけにはいかないしな」


「ですな。失礼ながら、代官様では領民たちを守りきれんでしょうしね」


「ハッキリ言ってくれるな」


キリクの率直な指摘に、思わず苦笑する。

今でも自分の身を守るぐらいはできると思うが、この護衛からは敵を見たら逃げろ、と言われる程度の腕前にすぎない。

伐採する村人を守ることができる、などと自惚れない方がいいだろう。


「まだ彼女の弓矢の方が、ものの役に立つでしょうな」


大鍋から労働者たちに粥をよそう赤毛の娘を指されると面白くはないが、それが専門家から見た評価なら仕方ない。

-


「やはり冒険者が必要だな。村出身の連中の追跡はどうなっている?」


「数人は見つかっているようですが、まだ交渉はうまくいっていないようです」


「少し急いだほうがいいな。とりあえず視察に来るように言え。依頼料を出してもいい」


パペリーノの報告に念を押す。


まずは1人でもいい。

村出身の冒険者を呼び戻すことができるか。

村の現状を見てもらい、何を感じるか。


大げさに言えば、冒険者として生きるしか無かった者達の将来がかかっている。

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