第690話 子供の手伝い

屋敷の解体は、その日のうちに終わった。


部材は見張りをつけた上で、まとめて監視することにして、持ち運びできる小さな釘や金具などは代官屋敷の倉庫に移動させておく。


これは出稼ぎ農民達を信じる信じないという話ではなく、不要なリスクを追わないための措置だ。


貧しい者達にとっては柱をとめていた錆びかけた金釘一本ですら財産と映るのは事実であるし、代官が監督している作業場で盗難が発生し、しかも犯人が不明の場合は連帯責任として作業者達を罰せざるを得なくなる。


つまらない盗みで、せっかく改善しつつある関係を逆戻りさせるリスクを負うわけにはいかない。


コンプライアンスの仕組みとは、不正をしてしまうという犯罪から社員を守るためにある、と言ったのは、どこの経営者だったか。


社員をリスクと見なすコンプライアンス教育が主だった中で、社員を守るという観点が新鮮だったので今でも憶えている。


甘いかもしれないが、犯罪を犯せば腕を切り落とされるこの世界で、そうした罪を犯させたくない。

第一、警察権と裁判権を持つのは代官である自分なのだから、犯罪行為があれば自分かキリクが剣で犯罪者の腕を落とすことになるわけだ。


考えただけで吐き気がする。


◇ ◇ ◇ ◇


翌朝からは整地作業になる。


家屋の部材は片付いているので、基礎の敷石を掘り出して剥がし、隙間を土で埋めるといった土木作業が中心となる。

それとゴルゴゴの指示に従い、河から敷地までの資材搬入路の整備も合わせて行っていく。

先程剥がした石材は護岸工事の素材に転用される予定だ。


「みんなよく働くわねえ」


自分も昼食の準備をしつつ、サラが関心したように言う。


上半身裸で懸命に地面を掘り返したり、石を数人で運ぶ男たちを眺めていると、この男たちが数日前までは暗い目をして教会の通路で座り込んでいた者達と同じ人間には思えない。


「賃金が日払いなのもいいんだろうな」


働き、稼ぎ、認められる。


この当たり前の社会参加のプロセスが、日払いにすることで高速で回っている。

代官である自分を信じていなくとも、手にする豆や小麦は猜疑心を上回る。

カリスマがないことを自覚している自分としては、言葉でなくモノで説得をするのが一番の近道であるのだから。


「まあ、そういうことにしておいてあげる」


サラは上機嫌で頷くと、料理の手伝いにきた女性陣の方に行ってしまった。


なんなんだ。


「代官様、ちょっとよろしいでしょうか。子供たちが、自分達も手伝いたいと言ってきているのですが」


パペリーノの声に振り向くと、10人程の子供たちが後ろに並んでいた。

年齢は見たところ、上は10歳、下は6歳といったところだろうか。

男の子だけでなく、女の子もいる。


親兄弟が働いているのを見て、自分達も何かができないかと幼心に思ったのだろうか。

なんとか仕事を作ってやりたいが。


とはいっても、力仕事が中心の土木工事を子供に手伝わせるわけにはいかないし、かといって料理の方は材料を入れて大鍋で煮るだけだから女手も間に合っている。


「残念だけど」と断りかけて気がついた。


よく考えれば、この子達はこれから作る公園の利用者であり、お客様になるのだ。

直接聞き取りのできるこの機会を逃す手はない。


「サラ!ちょっと子供たち向けのおやつをもってきてくれないか?そうしたら少し手を貸してくれ!」


おやつ、という言葉に目を輝かせる子供たちと目の高さを合わせられるよう、土がむき出しの地面にドッカリと腰を下ろす。


パペリーノがこちらを咎めるような視線を向けるが、それには構わず話しかける。


「それじゃあ、おやつが来るまで少し聞かせてほしいことがある。ちゃんと、立派な仕事だぞ?」


真面目くさった声で聞けば、子供たちも真面目に頷き返してくるので、こちらも真面目に質問をした。


「それじゃあ、普段は、どんな遊びをしているのか教えてくれないか?」


いったい何でそんなこと聞くの?と戸惑う子供たちを観察するのは、なかなかに面白い。

ニヤニヤしていると


「ケンジ、趣味が悪いわよ!」


とサラに軽く頭をはたかれた。

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