第674話 女たちの理屈

奥から呼ばれてきた女性達の格好も酷いものだった。

髪は固まり、数日、ひょっとするそれ以上の期間、水浴びができていないは明らかだった。


いったいこれから何が起きるのか、と怯えの色が見える3名の女性に向かい話しかける。


「ああ、緊張しないで欲しい。私は新しい代官として、教会にいるあなた達の状況を憂慮、つまり、心配している。何か困っていることはないか。いや、言い方が悪いな。


こちらでもあなた方が困っていることはわかっている。状況を変えるために幾つかの手をうっているが少し時間がかかる。それまで、あなた達にはちょっとした仕事を頼みたい。もちろん、報酬は銅貨、小麦、豆で払う。


具体的には、教会と周辺の清掃をしてもらいたい。道具はこちらで用意しよう。数は多くないが石鹸も用意しよう。掃除には水が必要だから、川の使用許可も出すし、その旨を村人にも通知しておく。


どうだろう?引き受けてくれないだろうか」


突然の申し出に、どう判断して良いかわからないと、互いの顔を見合わせるばかりで動かない女性達に、さらに言葉をかける。


「もちろん、石鹸は身体を洗うことに使ってもらって構わない。掃除人が身奇麗になっていなければ、教会だけを掃除してもたちどころに汚れてしまうからな。子供たちも洗ってもらって構わない。


村の男達が覗いたり不埒な真似をしないよう、こちらで見張りも立てよう。


サラ、そこは任せていいか?」


肩越しに振り返ると、赤毛の娘は力強く頷いた。


そこまでして、ようやく話をする気になったのか、おずおずと一人が声をあげた。

よく見れば、まだ若い。


「あのう、小麦や豆をいただいても鍋と食器が足りないのです」


では、どうやって食べていたのか、と言いかけてやめる。

相手を惨めにさせて良いことは何もない。


「なるほど。村長宅から押収した鍋や什器はないのか?」


「教会で保管しております。ですが、それは教会財産ですから安易に貸し出すわけにはいかないのです」


聞き取りに立ち会った司祭の官僚的な言い分に思わず声を荒立てたくなるのを抑える。


「では私が代官として教会から貸していただきます。貸出し料については、代官の権限で教会に払いましょう。管理については教会に委託するという形ではどうでしょう?」


司祭も悪人というわけではない。こちらで形式と論理を用意してやれば、頷いてくれる。

どうせ、銅貨数枚の話でしかないのだ。


そのやり取りを見ていたのか、別の一人も恥ずかしそうにしつつも、要望をあげてくる。


「その・・・トイレも足りなくて」


聞けば、トイレとは名ばかりで穴を掘っては埋めていたのだが、集団生活が長引くにつれ、それでは処理が追いつかなくなりつつあるという。


「道具と資材があればいいのか」と、問いかけて思い直す。


「穴を掘ったところで、掃除人がいなければ同じだな。トイレの設置と掃除についても報酬を出そう。処理については村のものと相談しておく」


この村で人糞をどうしているのか知らないが、何らかのルールがあるだろうから、それに従うべきだ。

とりあえずは屋敷の農婦にでも聞いてみるか、などと算段を立てていると、残りの一人がこちらを見つめて聞いてきた。


「あのう、代官様はどうして私らのような女たちに直接、声をかけてくださるんで。お綺麗な奥様もいらっしゃるようですから、そういう意図でもなさそうですし・・・」


後ろで、何やら慌てたような気配もするが、それは無視する。


「男達に麦や豆を渡しても、どうせ料理の一つもできないだろう?それだったら、最初から女たちに渡すのが理屈ってものだろうさ」


そう指摘してみせると、女たちの顔にはじめて笑顔らしきものが浮かんだ。

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