第673話 小さな世界の小さな政治
領地の施政方針が定まったところで動き出すことにする。
農村の朝は早い。
畑で農作業をする農民達を横目に、領地の教会に向かう。
相変わらず教会には大勢の出稼ぎ農民達が身を寄せていて、さながら難民キャンプの様相を見せている。
近づけば垢や排泄物の臭いが鼻をつく。
「一応は、川の使用許可を出しているはずなんだがな」
そう言いながら、自分の想像力のなさに舌打ちをしたくなった。
許可を出したハズ、実行されているハズ、などと言うのは責任逃れに怠惰な役人の言うことだ。
現場が思った通りになっていないのは、指示と管理に問題がある。
つまり、自分の責任だ。
この状況を放置していては、領地で病気が発生するのも時間の問題である。
足早に司祭のところに向かう。
「これは、代官様。こんなところまで足を運んでいただき・・・」
司祭の挨拶は適当に流して「今後のことについて相談がある」と告げると、司祭は力なく頷いた。
「あまり上手くいっていないようだな」
「最低限の援助は中央からいただいておりますが・・・」
答える司祭の表情は苦い。
教会からの支援で、出稼ぎ農民達は何とか飢えることなく生きていける。
だが、それだけでしかない。
「彼らには将来の希望が必要です」
希望か。
「まず代表者と話したい。希望を与えることは難しいが、若干の仕事は与えられるだろう」
英雄的、あるいは精神的な何かを期待していたらしい司祭は若干の不満を憶えたようだが、すぐに表情をあらためると奥の部屋へと向かっていき、しばらくすると3名の男を連れてきた。
「・・・代表者、と言ったはずだが」
「それが、彼らは別々の村の出身でして個々の代表を出すと言ってきかないのです」
司祭の答えに、多少うんざりする。
と同時に、無理もないか、とも思いなおした。
苦しいときこそ団結できるなどというのは幻想に過ぎない。
実際には貧しい社会では犯罪率は上昇するし、喧嘩沙汰や内紛も増える。
まして、今の境遇で全員に行き渡るとは限らないが仕事がある、と知れば自分や身内を優先させるよう前面に出て主張するのが自然な姿だ。
何となく、元の世界の映像作品で、ドヤ街で手配師が日雇い労働者をピックアップしてトラックで運んでいく姿を連想してしまう。
まあ、やっていることは大差ないわけだが。
とにかく、出稼ぎ労働者の一団は一枚岩でないこと、内紛の種があること、それなりの秩序がありそうなことが理解できた。
今後の施策を考える上で、リスク要因として脳内のメモに銘記しておく。
「まずは、ちょっとした仕事がある。屋敷に鶏小屋を作る仕事だ。大工仕事の経験がある者を雇いたい。6名出してもらいたい」
彼らの内部事情を汲んで、3の倍数で人数を要請する。
「・・・代官様、その、雇うというのなら」
1人の農婦がおずおずと声をあげる。垢まみれの風貌で気が付かなかったが、よくみれば意外と若い。
「ああ。銅貨で即日払おう。同価値の豆や小麦でもいい」
報酬についてはきちんと払う旨を司祭も同席の上で約束すると、その反応は劇的だった。
「銅貨ですか!」
「小麦もいいのか」
などと、それまで沈んでいた表情が途端に輝き出す。
豆は人気がないらしい。
うまいんだけどな、豆。
「それから連絡係を雇いたい。普段は屋敷の玄関にいて、伝言を村中に走り回って伝える役目だ。元気のいい、年齢の若いのがいい。3名出して欲しい。ただ、3名常に詰める必要はないので、常に屋敷に1名がいるように交代で順番をくんでもらうことになる」
サラが前に言っていた連絡係である。
当初は1名だけを雇うつもりだったが、出稼ぎ農民達の内部事情を見て雇い方を変えることにした。
連絡係というのは、組織の中で独特の権力を持つようになる。
子供とは言え、誰かを贔屓するととられるような行いは避けるべきだ。
「それと、ちょっと女性の代表者を呼んでくれ。別の話がある」
出稼ぎ農民の代表者達に告げると、男達は微妙に顔をしかめた。
こいつらが何の想像をしたか知らないが、ゲスの勘ぐりはやめてもらいたい。
後ろに控えた赤毛の娘がそういうことを許すはずがないじゃないか。
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