第672話 のんびりスローライフ
翌朝は、これまで領地に存在しなかった騒音で叩き起こされた。
雄鶏達の時を告げる叫び声である。
眠い目を擦りつつ庭先に出てみれば、朝もやの屋敷の庭いっぱいに散らばった鶏達に、サラが餌をやっているのが見えた。
「朝からずいぶんと元気だな」
「そうなの!教会のくれた子達、すごく元気で安心した!それにすっごくよく食べるのよ!」
サラが景気良くバラ撒いているのは、街間商人から良心的な価格で買い取ったクズ豆である。
虫の食った豆を人間が食べるのには抵抗があるが、飼料として問題ない。
「とりあえず太ってもらわないと。卵をとったり肉をとるのはそれからね」
鶏からすれば数日間の移動は鶏体に負担がかかったであろうから、まずは新しい環境に慣れてもらい、たっぷりと栄養をとって休ませる方針らしい。
「それから、鶏小屋もいるわよ」
怪物の脅威が減っているとは言え、農村で鶏を庭に出しておくわけにはいかない。
鶏はちょっとした財産であり、獣や村人が盗みに来ないとも限らない。
サラの意見に頷こうとして、ふと気がついて尋ねた。
「・・・そういえば昨夜は鶏をどこに置いたんだ?」
サラは少し眉をしかめつつ、肩を竦めて答えた。
「屋敷の空いてる部屋にいれておいたわよ。一応、藁はしいておいたけど。おかげで、後で掃除するのがすごく大変そう」
つまり屋敷の一室が家畜小屋になっているということか。
鶏糞は良い肥料になるという。しかし屋内においては、単なる臭うゴミである。
「それは・・・早いところ作らないとな」
でないと、そのうち寝室にまで鶏が入ってきそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんといっても、人手が足りないな」
少しだけ食生活の改善に希望が見えてきた今、朝食の席の話題は今後の領地経営に関する話題が増える。
なかでも、一番の課題は統治に関わる人間の少なさである。
統治機構がまともに稼働していない現状、いろいろと手抜きの方法を考えてはいるが、やはり手が足りない。
「ならば街から人を呼んできますか」とパンを千切りながらパペリーノが言えば「団の方からも人では出せますぜ」と豆のスープを啜りながらキリクも応じる。
その気になれば、教会からも剣牙の兵団からも増員は可能だということか。
2人は組織の連絡役でもあるから、人の派遣については任務のうちだ。
領地に発展の芽が見えて来た今、統治を担当する人間を早期に派遣すれば実務に食い込むことができる。
所属する組織の長期的な利益を思えば、むしろ人を出さない理由がない。
「その手もあるが、できれば村人から人手を募りたい」
何しろ恒常的(まとも)な村人との接点は、屋敷の手伝いに雇った農婦1人きりである。
領地経営の観点からも、村人を積極的に雇用する必要がある。
「ですが、この屋敷は外に知れたら困るものばかりですよ。機密の保持ということも考えていただきませんと」
もともとが教会の組織内で印刷業の権益に関して、穏当なところに落ち着くまで身を隠す、という趣旨で領地に赴任しているわけで、技術者のゴルゴゴをはじめ、屋敷内には隠し事が多い。
「それに、秘密は増える一方ですし」
なせかパペリーノが恨めしげにこちらを睨む。
屋敷の執務室の黒板には検討中の課題が白墨で書き殴られているし、書きかけの報告書や手紙などが机には乱雑に置かれている。
とても機密保持を云々するレベルの状態ではない。
「誰が信用できて、誰が信用出来ないかもわかりません」
それを言われると痛い。村人の中に買収されている人間がいないとも限らないし、書類を持ち出して換金しようなどと考える不心得者がいる可能性だってある。
「やはりしばらくは身内で回すしかないか」
残念ながら、田舎でノンビリスローライフというわけにはいかないらしい。
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